9。
二人の周りには、特別ななにかがある。そう、周囲にいたすべての人が気が付いた頃。
すっと、マリがフィーリアの足元へ跪き、
両手でたおやかな右手を取り、掌に唇を寄せた。
それは、誰の目にも、遠目ですら、何を乞うものかわかる姿だった。
「フィーリア様、私をお受け取り下さいませ」
「……マリ」
見上げるのは、溶けたミルクチョコレートのような甘い茶色い瞳。いまは真摯な光を湛えている。
「私の唯一。最愛の方」
「貴女って、強い女性だったのね。私が思っていたよりずっと」
フィーリアは、突然、会場すべての視線を感じた。
見られることには慣れている筈だった。しかし今、その視線を怖いと感じて視線が下がっていく。
これまで積み重ねてきた知識と経験が、”こんな風に俯いていてはいけない””侮られる”
そう教えてくるけれど、本能的な恐怖に打ち勝つのは難しくて。
ついにフィーリアは目を閉じてしまった。
父と母、伯爵家に仕えてくれている者たち、領民たちの顔が頭の中でぐるぐるして吐きそうだった。
その時、添えるように触れられていただけの手がぎゅっと握りしめられた。
上げた視線の先には、あのいつもフィーリアを支えてくれる甘い瞳がある。
「ちなみに双剣も扱えますよ。祖父の護衛をしている人に、ずっと稽古をつけて頂いております」
「そんなに細い腕なのに?! というか、マリったらどこに向かっているの」
「もちろん、フィーリア様にです」
信頼できるやさしい甘い存在だと思ってた。
でも本当はこんなにも強く頼れる存在だった。
弱い私一人きりでは無理でも、この瞳と一緒なら、私達二人でならできる。そう思う。
「こんなところで、こんなに大々的に告白して…、ここから先はいばらの道になるわ。本当にいいの?」
「貴女と共にあるために。私は、その為の努力をしてきたのですから」
フィーリアには口にする勇気さえでなかった。
果敢無い夢だと思っていたそれを本当のものとして手にするべく、その為の努力をずっと実行してきた強いひと。
とろけるように甘い瞳に強さを併せ持つ人。
それがフィーリアの想い主。
「…あーあ。幼馴染でまた僕だけ置いてくつもりだね。いばらの道を進まなくて済む方法を、せっかく僕が提示してあげたのにさ」
パーシバルが肩を落とす。
「…リスター様、まだいたんですか」
「マリは僕に冷たすぎると思うんだよね」
睨みあう瞳。ちょっと仲良く見える。
「ふふ。仲良しさんね。ちょっと妬けるわ」
「「仲良くない」です」
くすくすと楽しそうに笑うフィーリアの声。この笑顔を守るためなら自分たちは何でもするだろうと素直に思った。
「仲良くないっていっちゃったけどさ、もし何かあったら頼ってよね。
大体、双月の妖精の片割れ、最初は僕だったんだからね」
隣り合わせた領地に、同じ年に生まれた、金の髪を持つ男の子と銀の髪を持つ女の子。
まだちゃんとお互いの名前を発音することもできないほど幼かった頃、
初めて顔を合わせた時から仲が良く、
いつかは──、などと周囲から声が上がることも多かった。
「ちゃっかり僕の後釜に座っちゃってさ」
わざとらしく怒ってみせるが、口角は上がっていて、どう見ても笑っているようにしか見えなかった。
マリがそのわざとらしいパーシバルの顔に、嫌そうに眉をひそめて睨んでみせる。




