5。
「いいね。我が学園が誇る双月の妖精2人から同時に睨まれるなんて得難い体験だね。ぞくぞくするね」
「リスター様」
マリは、言葉少なに非難の思いを声に込める。
しばし睨みあった後、パーシバルは両手をあげて降参のポーズをとった。
「はは。そうだね。その詭弁を成立させるなら、むしろ”僕がいたからこそ”リズベット嬢は僕に抱き着きたくなった。つまり、”僕のせいで”リズベット嬢はフィリに怒られて階段に落ちた、と言った方がいいくらいだと思うんだよねー」
「殿下もそう思うでしょ?」にこやかにパーシバルがサリオを振り返った。
「な、な、な…なんだそれは。なにがどう『そう思う』なんだ、パーシバル」
なにがどうなっているのか、サリオにはまったく判らなくなった。判りたくない、というのが正しかったのかもしれない。
「ですからね? リズベット嬢が階段から落ちた責任は僕にある、という罪の告白ですよ。
だって、ご令嬢というものは、婚約もしていない相手にいきなり抱き着いたりしないでしょ。
よっぽど僕のことを気に入っているってことですよねー」
無邪気に言い放つ。
あれ、これやっぱりもしかしてもしかしなくても、リズベットは俺だけに愛を注いでいるのではないんじゃないかという考えが、サリオの頭に吹き上がりとうとう混乱をきたした。
はくはくと言葉にならないまま呆然とするサリオに、さらなる声が追い打ちを掛けた。
「そうでした。私としたことが一つ報告を忘れておりました」
ジェームスだった。
わざとらしく手をたたいて注目を集める。
「水掛事件について、よりによって一番大切な一件です。
ここに、学園の生活カウンセリング担当員が、生徒たちから受けた相談をまとめた一冊の手帳があります」
ジェームスの手で掲げられた薄い水色の表紙の手帳。使い込まれた痕の残るその手帳をぱらぱらと長い指がめくる。
「水掛け事件が起こったその翌日に、こういう相談があったようです。
《 水道の蛇口から直接水を飲んでいた女性がいたので『そんなことをしたら怒られますよ』と注意したら『誰から怒られるっていうのよ』と凄まれたので、つい、先日フィーリア様が殿下に注意してたのを見たといってしまった。『あの口煩い女かっ』そう言ってさらに怒り出しながらもその人は飲むのをやめた。その人はポケットの中を探りだしたけど、ハンカチを持っていなかったのか上着のポケットの辺りを水浸しにしながらまたなにか悪態を吐きながら去っていった。怖すぎて眠れなくなった。また、あんなに怖い人に対して、不用意にフィーリア様の名前を使ってしまった。もしフィーリア様にご迷惑をお掛けすることになったらどうしよう 》だそうですよ、サリオ殿下」
「ハンカチも持たず、上着の裾で水気を拭く女ですよ。しかも怖い。すごい女がいるものですね?」
怪談にでてくる妖怪変化みたいですよね、と、殿下の腕の中にいるその人の顔をジェームスはじーっと見つめる。
すると、なぜか視線の先にあったその顔はポッと頬を染め、潤んだピンク色の瞳で見つめ返してくる。
「──うわ、本当に妖怪なのかな」誰かが震える小声で呟いた。
違う意味で見つめあう視線を遮るように、サリオが大きな声を出した。
「う、うるさい! そもそもだな、このフィーリアは、この、賢くも! 麗しき! この僕の! 婚約者の座において貰っていることに最大級の感謝もせず、毎日毎日令嬢としての慎みも礼節もわきまえずに僕に無礼な態度と物言いをしてくる。
そのこと自体に辟易しているっていってるんだーー!!」
混乱の極みに達していたのだろう、サリオが破れかぶれに叫んだ。




