2。
「2人の世界に浸るのもよろしいですが、その前に、私がリズベット嬢に対して水を掛けたり階段から突き落としたという証拠をお示しください、殿下」
「ほんと無粋な女だな。あれは夏季休暇にはいる直前だった。お前がリズベットにバケツででも水を掛けたんだろう」
「殿下、私は証拠を、と申しております」
睨みあう瞳と瞳。元婚約者同士が交わすにしては物騒な光が宿っていた。どちらも引く様子はない。
「フィーリア嬢、陛下よりサリオ殿下の学友として拝命したクレイヴン伯爵家が二男ジェフリーです。
この水掛け事件について、私から報告させていただいてよろしいでしょうか」
滑る様な足取りで前にでてきた男か、まるで愛をうたうかのような甘やかな声で話し出した。
ジェフリー・クレイヴン。人を動かす天才とされる我が王国屈指の実力者である宰相の三人の息子の内の一人である。この春から狭き門である文官として王宮への登用が決まっている才人だ。軟らかそうな茶色い髪と溶けたようなチョコレート色の瞳をしたこの男は、常に優しい笑顔を浮かべており令嬢人気も高い。
口癖は「みんなそれぞれの可愛さがあるよね。みんな好きだよ」であり、殿下と一緒にリズベット嬢に侍っているところを噂されるのと同じだけ他の令嬢との恋のうわさも絶えないマメな男である。
一度時間の捻出方法を教えて欲しい。
「マナーの授業を『俺は王族。つまりは俺がマナーだ』とされ自主休講され中庭で寝ていた殿下が時間を見計らって教室に戻ろうとしたところに、制服の上着を濡らしたリズベット嬢が現れ『フィーリア様が…フィーリア様のせいで』と嘘泣きをしたのが7月15日金曜の午後2時45分頃。
そして、この時のフィーリア様は、そのマナー教室にてみんなのお手本として参加され、一挙手一投足を参加していたクラス全員の熱い称賛の視線を一身に浴びられており、2時50分に授業が終わった後も大勢の同級生から質問を受けながら一度教室に戻られた。この時間3時05分。
そのまま皆で会話をしながら帰り支度を済まされ教室を出て、同級生クレア・ノリス嬢とマリ・アライズ嬢、そして隣のクラスのカルロス・トーラス前生徒会長ととともに午後3時20分生徒会室へ移動し、前生徒会副会長として引き継ぎ作業をしています。ちなみに解散時間は4時45分でした。
何をいいたいのかといえば、この日この時、フィーリア嬢にリズベット嬢に水を掛けることは不可能だった、と」
各生徒の証言を集め、証拠としてサインもここに──書類の束を手にかざす。
「クレイヴン様、それは私の罪の証拠ではなく、無罪の証拠、ではありませんか?」
「はい。勿論です、フィーリア嬢。ついでにいえば」
ここでなぜためるのか。
「?」
「事件が起こったのは午後2時45分より前となります。殿下はマナー教室をサボ…自主休講されて中庭で寝られていた訳ですが、リズベット嬢は歴史の授業中でした。お二人とも中庭にいらしたわけですが」
どういうことでしょうね、と笑った顔が怖い。笑顔なのに怖い。
しかしどう考えてもストーカー並みの情報量である。前もってこの日この時と判っていて調査した結果ならともかく、あとから遡って調べてここまで詳しく判るものだろうか。
本当に怖い男である。いろんな意味で。




