表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ネバーフィクシングストーリー 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ああ、こーちゃん。まだ本探しをしていたのかい? うちももう読まなくなって久しい本が多いからね。置く場所が確保できるなら、どんどん持って行っちゃってよ。


 ――なに? カバーのついている大胆な落丁本を見つけた? 


 どれどれ……と、これを見つけるって、だいぶ棚の奥まで引っ張り出してきたんだね。ちょっと拝借していいかい。

 ん、やっぱり中身はあの日から変わらずか。ありがと。こーちゃんの目にも、この本は真っ白なページが、ただただ続いているように見えるんだろ? これ、かつては絵と物語が載っていたんだ、といったら信じるかい?

 ふふ、こーちゃんだったらこの手の話、目の色が変わると思ったんだ。こいつはね、元々は不思議な曰くのある本だったんだ。この話、信じるかどうか、ひとまず耳に入れておかないかい?


 大きいだろう、この本。写真集などに使われるA4判のサイズ。私が初めてこの本と出会った時、こいつは子供に読み聞かせる絵本だったんだ。私が小さい頃、母親に読んでもらったものだよ。

 この本自体、私の母親の母親が手に入れたものらしくてね、この皮でできたブックカバーも、その時からつけられているのさ。だから本の正式なタイトルは今でも分からない。


 ――試しにカバーを取ってみる?


 いいけど、たぶんできないと思うよ。私も自分で触った時にさんざん試したんだからね……ほーら、できなかった。もはや接着剤でくっつけたレベルを通り越して、石か何かを相手どっているかのようでしょ。


 母は私に色々な物語を教えてくれた。結婚前、アナウンサーとしてラジオの朗読をしていたこともあって、臨場感はたっぷり。時に愉快なファンタジー、時に物悲しい別れを描いた恋愛もの、時に得体の知れない不思議な体験まで、たくさんお話をしてくれた。このたった一冊の本を開いて、ページをめくりながらね。

 実際に、本を取り出すところを見ていなかったこともあり、私はてっきり同じカバーをかけた本が、いくつも家にあるのだと思っていた。けれど、留守番を頼まれた日に家中を探し回っても、同じ装丁の本を見つけることはできなかったんだ。

「まあ、母も経験からして、覚えている話くらいたくさんあるだろう。本を読むふりして、そらんじることなど、造作もないはず」と考える私。そっとかの本を手に取ってみる。

 この時、すでに私は小学校に上がっており、近々、ある幼稚園との交流会に参加するメンバーとなっていた。その時に、読み聞かせできる本があれば、家から持ってきて欲しいという話があがっていてね。私をいつも楽しませてくれたこの本なら、お眼鏡にかなうと思ったんだ。

 

 この本、実際にはどのような話だったのかしら。期待を込めて開き、読み進める私が出会ったのは、小さい女の子が主人公。両親に育てられて、何不自由なく暮らしていた彼女が、ふとしたきっかけで知る自分の出生。それは冒険へのいざないで、彼女は言葉をしゃべる蝶と一緒に、様々な世界をめぐる。

 行く先々で出会う人、巻き込まれる事件、そして別れ。様々なことを経験した彼女は、いつまでも不思議な世界に留まる資格があったのに、最後の最後で両親の温かみを思い出し、元の家へ戻って普通の女の子として、幸せに過ごしていく……という流れ。

 ところどころで、私がこれまで聞いた話と、よく似たエピソードが入っていて安心したよ。きっと母親は私に、この長い物語に短い区切りと脚色を交えて、私に語っていたのだろうとね。

 ちょっと時間はかかりそうだが、そこは私の腕と判断次第でどうにでもなるだろう。ぜひ、読み聞かせの候補として学校へ持っていき、吟味しようと思って、帰宅してきた母親に相談をしてみたんだ。

 だが、母親はすぐにはうなずいてくれなかった。少なくとも私は、並の童話を上回る面白さを感じたし、随所に見られるかみ砕いた表現に、子供への配慮を感じた。きっと気に入ってもらえるという自信があったんだ。

 でもその言葉に、母親は意外な言葉を返してくる。それはあんたがその本に、そうあって欲しいと願ったからだ、とね。


「信じられないかもしれないが、この本は読む人によって。それどころか同じ人でも心の持ちようによって、内容が変わるんだ。そして手にした者が、この時に望んでいた通りの物語を見せる。いささかも、ひとつの話として固定されることはない。

 留まらない物語。さしずめ『ネバーフィクシングストーリー』といったところか」


「でも、それだったらなおのこと、子供たちを喜ばせるのにうってつけじゃん。ほんのちょっとだから、お願い!」


 私は頭を下げに下げて、どうにか持ち出しの許可をもらったけれど、ある決まりごとを守るように厳命された。

 それはこの本に関する記録を残さないこと。傷をつけたり書き込んだりすることはもちろん、写真撮影することも許さない。

 この本は留まらない物語。記録を取られればそれが枷となり、自由に動くことができなくなってしまうだろう。母親の母親から、そう聞かされたらしいんだ。


 許可をもらった私は、学校で幼稚園へ向かうメンバーと共に、持ち寄った本を回し読みする。冊数がそれなりにあったから、数日をかけて精査を行い、最終的な評価を下す流れとなった。

 みんなが持ち寄ったもののほとんどは、外れの少ない有名どころがほとんど。定番だけに、読み聞かせる幼稚園児たちもすでに知っている可能性がある。中には穴馬的な秀作もあったけど、やはりあの本にはかなわない。

 私は母親から聞いた、あの本を汚したり、傷つけたりしないという約束の部分だけ軽く伝えて渡していた。前半部分について半信半疑だったから、それを見極める意味もあったわね。

 そして約束の期日になったけど、ネバーフィクシングストーリーだけは最後に貸した子が家に忘れてきたと話し、その日に帰ってこなかったの。結果的に、満場一致でネバーフィクシングストーリーが読み聞かせる本に決まったわ。

 そして感想が、人によって異なる。ある子はファンタジー絡みの地球一周物語だといい、ある子は違う星からやってきた宇宙人と心を通わせる話。そのいずれの要素もなく、現実に近しい世界で人情味が成す、心温まる交流の話など、お互いに「何を読んだんだ?」って状態。母親の言っていたことが正しいことが分かったけど、この時点で私は、ちょっと嫌な予感がしていたわ。


 翌日。帰ってきた本を受け取る私。最後に手にした子は、作家希望の女の子。色々な小説を読んだり、文章を写したりして勉強している子だった。そう、文章を写して。

 相対した時、彼女の震える手とうつむき気味の顔から、私は何が起こったか察した。本を開くと、そこには真っ白なページが広がるばかり。いくらめくっても最初から最後まで、文字のひとつも出てこない。


「ごめんなさい! あたし、この本の話、ものすごく気に入っちゃったんだ。いじめられていた子が、必死に頑張って周囲を見返していくサクセスストーリー。読んだらきっと、誰でも元気になれる。そう思ったの。

 それだけじゃない。柔らかい絵のタッチもさることながら、子供のことを考えた表現と言葉選びのうまさに感動しちゃって、ついつい文を書き写しちゃったの。それで一度、本を閉じたら……」


 この状態になっていたというのだろう。彼女は申し訳なさそうにもじもじしながら、次の言葉を継げずにいたわ。あのみんなが集合した場で、文字通り、無残な姿となった本を、出す勇気がなかったんでしょう。

 そこに昨日の色々な感想が飛び出したことで、あの本がただの本じゃないことを彼女も察したのだろうね。

 

 その子は大学を出た後、童話作家を志したらしいけど、まだ結果が伴っていない。とある賞の最終選考まで残った作も、あのネバーフィクシングストーリーを元にしたものらしいんだ。

 返してもらってから数十年経った今も、この本は未だに白紙のまま。もはやこの本に、あの千変万化な話が書いてあったことなど、こーちゃんみたいな人以外は信じてくれないだろうね。

 でも、私はこの本を捨てないよ。あの子に書き取られたことを枷に思い、逃げ出してしまった本の中身たち。それはこれから世に出る多くの話、作り手の頭の中で旅を続けているのだと信じているからね。

 いつか彼らが帰ってきた時、家がなかったら嫌じゃない?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] はぁ!(感嘆のため息) このお話すごく好きです!!! 小学生だったら家にそんな本があれば、そりゃ自慢したくもなりますよね。独り占めにしたいって気持ちの子もいるだろうけれど、我慢できるかどうか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ