91 女王蜂様 先にLINEを送る
しかし、僕は自分でもビックリするくらい冷静だった。ここ三日間、蜂野先生に不条理に鍛えられ続けた成果が出たのかもしれない。うーん。あんまり嬉しくもない。
さて、僕を羽交い絞めにしている人だが、どうやら女性だ。体つきが丸っこく、ヘリウムガスで変声してても、女性の声だとは分かる。
後はさっきから僕の背中に当たってくるもの、初めは「肩甲骨」かと思った。だけど、羽交い絞めにされてて、「肩甲骨」が背中に当たることはあり得ないし……
ということは、相手は「貧乳」である。一番こういうことをしでかしそうな蜂野先生はここで外れる。巨乳だからだ。
「貧乳」となると、心当たりは三人。その中で紗季未は脇でハラハラしながら僕を見ているから除外。「拉麺美食倶楽部」の疲労子さんはもっと背が高い。となると……
「何やってんだよ。三俣」
◇◇◇
生物化学部の眼鏡っ娘理系才女三俣真理。僕に言われるとパッと両腕を離し、一言。
「お見事! 鈍い新川君にしてはよく分かったわね。だけど……」
「?」
「ちょっと失礼な考え方で私だと判断しなかった?」
「…… いっ、いや、そんなことないぞ」
何で分かるんだよ。三俣。
「だって、ほら、蜂野先生からLINEが。『これから錬金術師に変身した新川君が行くけど、ヘタレDTのくせに、むっつりえっちで、貧乳好きだから気をつけてねw』って」
なっ、なんつーことを。あ……
気が付けば、紗季未から鋭い視線が……
「こうちゃん。真理ちゃんのこと、そういう目で見てたの?」
「そっ、そのようなことはありませんよ。決して……」
「で、『貧乳』好きというのは?」
「あ、それはあるかも」
ドカッ
あー、また、殴られたー。そんなこと言ったって、紗季未だって「貧乳」じゃんと言いそうになって、寸でのところで止めた。危なかった。言ってたら、もう一発、殴られるところだった。
後ろでは三俣がクスリと笑っていた。
「紗季未ちゃん。もう許してあげて。私、別に嫌じゃないから」
え? それってどういう意味と言う前に三俣は話題を切り替えていた。
◇◇◇
「見た目あんまり変わらないから、分かりづらいけど、私も変身したんだよ。三俣真理改め化学者のマリ・キウリだよ」
あ、そうか。三俣、昔っからキューリー夫人みたいな化学者になりたいって言ってたよね。
「それでね。私、結構、新川君のこと見てたんだよ」
「えーと、そっ、それは?」
「授業時間中にまでコッソリスマホ操作してたのは、『アルケミストシリーズ』の新作発売日チェックしてたんだよね」
「ぐっ、見られていたのか」
「『錬金術』と『化学』はもともと親和性が強い。蜂野先生が魔法をかけたこの世界で、その二つが融合するのなら、どんな未来が広がるのか、想像もつかない」
三俣はすっくと立ちあがると、僕の方にゆっくりと歩み寄ってきた。
「新川君。私と付き合わない? 二人で『錬金術』と『化学』の融合する世界を見てみない?」
そして、彼女は僕に向かって、右手を差し出したんだ。




