90 女王蜂様 がいないのに 新川君が大ピンチ
昨日は校長室改め女王蜂様室にしか入らなかったから分からなかったけど、これはもう学校じゃないよね。
アイドル事務所、動画スタジオ、冒険者ギルド、農場の資材置き場、そして、戦車部…… それぞれの部屋がギャーギャーキャーキャー大騒ぎ。でも……
「みんな、楽しそうだね」
紗季未が笑顔で言ってくれる。言おうと思ったこと、先に言われちゃったと思って、苦笑い。
あのさ……
ふと、思いついたことを言ってみる。
「紗季未は普通の学校生活がなくなっちゃって、こうなっちゃったこと、どう思ってるの?」
「んー」
紗季未は少しだけ考えて答えてくれる。
「私は吉田君と小林君が頑張ってくれて、蜂幡FCに弟とお父さんとお母さんが帰って来てくれれば、それでいいかな。後はみんながこっちの方が楽しければそれでいいかなと」
「前も聞いた気がするけど、自分が何かに変身して、やってみたいこととかないの?」
「ん-」
紗季未は今度はほんの少しだけ長く考えてから答えた。
「やっぱり思いつかない。でも今はみんなが楽しいからいいと思う」
相変わらず欲がないのか。それとも、蜂野先生の言うところの「大器」なんだろうか? 優しいしっかり者なのはいいけど、紗季未にも自分のやりたいことをやって、幸せになってほしいんだけど。
◇◇◇
「ところでどこに向かってるの?」
紗季未から不意に質問が出る。
「自分でも分からない。でも、こっちの方向だってのは何となく分かるんだ」
「ふーん。『錬金術師』の知識なのかな?」
「それも分からない。でも、分かるんだ。目的地はそこだ。1階の廊下のどん詰まり。あの鈍く光っている部屋」
「えっ? あれって、ただの『生物化学室』だよ」
「紗季未にはそう見えるの? じゃあ、えいっ!」
杖を一振りすると……
「あ、私にも『生物化学室』が鈍く光って見える」
これが「錬金術師」の能力……なのかな?
◇◇◇
「生物化学室」の中は真っ暗なようだ。暗幕を張ってあるのかな? 他の部屋が電灯全開でギャーギャーキャーキャー大騒ぎだったのに比べ、シンと静まり返っている。多分、人がいないんだろうね。
となると、蜂野先生が部屋主不在になった「校長室」を乗っ取って「女王蜂様室」にしたように、僕も「生物化学室」を「錬金術師室」、いや、「アトリエ」か…… に出来るということかな。
僕は念のため「生物化学室」の扉をノックする。返事はない。やっぱ空き部屋かあ。
ゆっくりと扉を開け、つい習慣で「おじゃまします」と言って、部屋に入る。
真っ暗だ。電灯のスイッチを探す。後ろから紗季未の声がする。「おじゃまします」と。
後について、部屋に入ってきたようだ。
グイッ
不意に後ろから羽交い絞めにされた。急なので声も出ないし、暗くて相手の姿が確認出来ない。
「フッフッフッ、待っていたわよ。もう、逃がしはしないわ。待望の新入部員」
その声はヘリウムガスで変声されていて、誰のものか分からない。うーむ。さすがは「生物化学室」。
とか感心している場合じゃないよ。ピンチだって。




