76 女王蜂様 お盆を持って踊る
「おはよう。こうちゃん。そろそろ起きてくれない?」
目を開けたその先には、もう制服姿の紗季未。もう既にビシッと決まっている。うっ、うーむ。
どうやら昨日は紗季未はいつもとおりベッドで寝て、僕は床に敷いてもらった布団で寝たということのようだ。枕元には眼鏡がケースに入って置いてある。
いたれり尽くせりなんだけど、「男」としてこれでいいのか? という気持ちはあるんですよ。いや、マジで。
◇◇◇
では、朝ご飯を食べに行きましょうと僕の家に戻ると、蜂野先生、笑顔でお出迎え。
「ほっほっほ。昨夜はお楽しみだったかしらん」
くっそー。つやつやした顔しちゃってまあ。その言葉はそっくり返したいよ。
そして、居間に行くと、朝ご飯にもかかわらず、また、凄い数の皿が並んでいて、紗季未も何なのこれ? って顔で見てるし。
ここは僕が突っ込まねばならないのであろう。
「先生。何なんですか? この皿の数」
「なによう。朝ご飯としては『普通』じゃないのー」
もう、初手からこれだよ。ここは順に聞いていくしかないのか。
「先生。この皿は?」
「山芋にオクラよお。朝ご飯としては定番ねん」
まあ、それはいいとして
「で、この魚は?」
「ああ、ウナギとマムシのかば焼きよん」
「ちょっと待って、朝からウナギというのも凄いけど、マムシって何? マムシって?」
「しっつれいねえ。マムシだって生き物よん。好き嫌いはいけないわん」
いや、そういう問題ではない気がしますが......
「それでこっちの皿のごっちゃと入ってるのは?」
「ニンニクとニラにショウガにアボガドねん。まあ、付け合わせよん」
付け合わせと言うには精が付きそうなものばっかなんですが、この貝は?
「本場もんの岩牡蠣。夏でも安心して食べられるわん。ほんでもってこちらは豚レバー!」
わあっ、聞いてないことまで答えた。
「では、この真ん中にあるどでかい鍋は?」
「よくぞっ! 聞いてくれたわねっ! これこそが『スッポン鍋』よんっ!」
わあ、ごくごく普通のご家庭で、朝から「スッポン鍋」。
「そして、まさかこのコップに入ったトマトジュースに似て非なるものは……」
「スッポンの生き血よん」
「こっ、こここ、こんなに精力つけてどうするんですかっ?」
「あ、スッポンスッポン。スッポンポン」
僕の最後の質問にはまるで答えず、蜂野先生はお盆を持って、踊りだした。
「まあ。若い二人には元気出してもらわないとね」
先生の代わりに答えてくれたのは母さんなんだけど、その笑顔には何とも言えない迫力が。僕、何かやりましたか?
「そうねん。何かやったじゃなくて、何かをやらなかったかだわねん」
こっちの質問にはすぐ答える蜂野先生。怖いよ。みんなお見通し? やだなあ。