74 女王蜂様 出番なし ヘタレ主人公ラブコメ回
風呂から上がった僕は念入りに水滴をふき取った。
それはもう念入りに。
さて、急がねば。あまり紗季未を待たせてはいけない。かと言ってあまりにがっついているように見られるのもDT丸出しである。うーん。難しい。頭の中ぐるぐる。
僕はゆっくりと階段を上がっていく。紗季未の部屋は二階にある。
両親と弟の拓也がスペインに行って随分経つのだから、家全体を紗季未が使ってもいいのだけど、使う部分は前のままだ。いつ両親たちが帰って来てもいいように。
そう考えると健気だ。僕になどもったいない娘かもしれない。
おや、もう二階に上がってしまった。小さい頃は平気でいきなり開けたりしていたが、さすがに今は…… 一回、深呼吸してからノックする。
「はーい」
明るい声が僕を出迎える。ゆっくりとドアを開ける。
◇◇◇
笑顔の紗季未が床に座っている。その隣にはベッドが…… むむむ。
2学期が始まって蜂野先生が学校に来てからというものの、本当にいろんなことがあって、すごい時間が経ったような気がするけど、まだ2日目の晩。9月2日だ。
つまりパジャマも夏物。薄手だし、半そでだし。こうして改めて見ると色白だなあ。風呂上がりでほんのり上気しているのがまた。
「こうちゃん。ここに座って」
紗季未に言われて、隣に座る。あ、胸元のボタン、一番上が外してある。わざとか天然か。頭の中ぐるぐる。
「はい」
そこで紗季未に渡されたものは……
◇◇◇
ゲームのコントローラー。ほへ?
紗季未は僕の目をじっと見つめ近づく。わあ。近いっ! 近いっ!
「今日は土壇場で蜂野先生に大逆転されたからね。次は絶対に勝つっ! 今夜は猛特訓だよっ!」
たちまち大画面で始まるレーシングゲーム。
僕はガッカリしたような。ホッとしたような。
だけど、話はこれで終わらなかったのである。
◇◇◇
「くっ、くおおおっ」
「んっ、んんんんっ」
「ああっ、ダメっ、そこで抜いちゃ」
言っておきますが、僕は終始無言です。
声を出しているのは全部紗季未です。
普通、ゲームというものは上達するにつれ、体は動かなくなるもの。不慣れなうちは余分の力が入るから体が動く。
ところが、紗季未の場合、もはや僕に勝つのは少しも珍しくないほどレーシングゲームが上達しているのに体が動く。
つまりですね。カーブとかになると僕の方に寄りかかってきたりするのですよ。
さっきのような声を上げながら。
だから、こっちは健全な高校生男子だってえの。
うわっ、だから、そんなに寄りかからないで。しかも「んっ、んんんんっ」とか言いながら。
うっ、でっ、出る。これじゃあ出ちゃうよー。