67 女王蜂様 堂々と語る(いつものことだけど)
ギャアアアア
ゴオオオオオ
FD3Sが先行し、ハチロクが食らいつく展開は続く。
キャッキャッキャッキャッ言っていた恒未がだんだん静かになる。
まぶたが重そうだ。無理もない。生まれたその日にこれだけ新しい体験する子はそうはいない。
ここは寝かせておこう。
と思っていたら、不意に小さな右手の人差し指でスクリーンを指差すと「あーっあーっ」と言い出した。
「えっ」
僕より先に驚いたのは塊君だった。
「こんなちっちゃいのに分かるの?」
「え? 何が起きてるの?」
僕が問いかけると塊君はいつになく興奮した様子で答える。
「次のワインディング見ていてください」
◇◇◇
次のワインディング。紗季未のハチロクは果敢にインを攻める。蜂野先生のFD3Sはややアウト側。
なかなかブレーキをかけない。ついに蜂野先生のFD3Sの前を行く。
だけど、これでは遠心力が働いて、アウト側にはみ出すぞ。
ところがっ! ところがっ! はみ出さないっ!
そのまま蜂野先生のFD3Sの前を走り去っていく。
やったっ! これはっ!
溝落としだっ!
イン側のタイヤを雨水溝にあえて落として、アウト側にはみ出そうとする遠心力を封じ、速い速度でコーナークリアするドライビングテクニック! 溝落としだっ!
さすが僕のゲーム機を占領してレーシングゲームをやり込んだだけある! 〇文字Dも〇リオカートも僕よりやったもんなっ! 免許取ってから30分も経ってないなんて関係ないもんなっ! (誰か突っ込んで下さい)。
恒未はさっきまで眠そうだったのはどこへやら、またもキャッキャッキャッキャッ大喜び。
うーん。恒未恐ろしい子。思わず白目。
◇◇◇
後はゴールまで幾らもない。
「これはもうハチロクの勝ちですね」
と知的な青年竜介君。
うん。紗季未。よくやった。よくやったよ。蜂野先生のことだから、もう僕にちょっかいを出さないという口約束は平気で反故にするだろうけど、それでもよくやった。
と思っていたら、恒未がまたもスクリーンを指差すと「あーっ、ああっ」との声。え? まさか、まだなにか波乱があるの? えっ?
次の瞬間、僕は見た。蜂野先生のFD3Sがクルクルと横に回転しながら、ハチロクの頭上を飛んでいくのを……
そして、蜂野先生のFD3Sは回転して飛びながら、ハチロクを追い越し、僕の家の前、すなわちゴールに着地した。
その時、紗季未は思わずつぶやいたそうだ。
「なんだそれ」
いえもう、竜介君も平介君も塊君も、そして、こういうことには慣れているはずの僕も全身が脱力した。
◇◇◇
今回のレースの勝利者蜂野先生はインタビューもないけど、堂々とこう語った。
「何よお。FDって、フライング・ディスクの略じゃな~い」
泣けてきました。やめてください。本当の本当に苦情が来ます。




