60 女王蜂様 胸倉をつかまれる
あまりのことに二の句が告げられなかったけど、ようやく声を絞り出した。
「せっ、先生っ! 何なんですか? その…… 男が妊娠って」
「まあ。そんだけ栄養価が高いってことね」
知らなかった。栄養価が高いもの食べると、男って妊娠するんだ…… じゃなくてえっ!
「何で、そんな危険なもの、おやつで出すんですか?」
「知らないわよぉ、こっちが用意したもの勝手に食べたの、新川君でしょう~」
それはその通り。グウの音も出ません。
◇◇◇
「まあ、そう驚くような話じゃないわよ。男の妊娠なんて、珍しくもなんともないじゃない」
「えっ? そうなんですか?」
「そりゃそうでしょう。〇面ライダーなんて、日曜の朝ごとに『妊娠っ!』って言ってるし、野球選手に至っては毎日『空振り妊娠』だの『見逃しの妊娠』だの……」
先生。それは「変身」に「三振」です。何か凄く疲労を感じ…… おっ?
◇◇◇
「わあっ、僕のお腹が何だかポコッと出て来ました。先生っ! これはっ!」
「ふーむ」
蜂野先生はまた例によって、どこから取り出したか分からない太い黒縁の眼鏡を装着すると、僕のお腹をしげしげと眺め……
「こいつあ、一番『妊娠』、二番『中年太り』、三番『尻の穴から刺されたストローから空気を吹き込まれた』のどれかだねー」
「中年って、僕、まだ高校生ですよー。それに、僕はカエルじゃありません」
「まあまあ、慌てなさんなって、あ、せーの、どんっ!」
先生、白衣に変身して、聴診器を装着。太い黒縁の眼鏡はそのまんま。
「あ、左胸を拝見。あ、トクントクントクン」
「あ、お腹も拝見。あ、トクントクントクン」
「あ、左胸。トクントクン」
「あ、お腹も。トクントクン」
「左胸。トクントクン。お腹もトクントクン。あ、こいつあ」
蜂野先生、おもむろに立ち上がり、右腕と左腕を左側に平行に突き出すと……
「にん~っ、しんっ!」
◇◇◇
それまで静かだった紗季未はゆっくりと立ち上がり、カップに残っていた「栄養食品」を一気に口の中に押し込むと、蜂野先生に向かって歩き出した。
「先生……」
滲み出るような迫力に、蜂野先生、思わず後ずさり。
「はっ、はひっ」
「百歩譲って、こうちゃんが妊娠したのは仕方ないにしても、お腹の子は誰の子なんですか?」
蜂野先生、思わず紗季未から目をそらす。
「…… うっ、う~ん。やっぱ、あたしの子かな……なんて……」
次の瞬間、紗季未は蜂野先生の懐に入り込み、胸倉をつかんだ。
「人の彼氏によくもまあ堂々とやってくれましたね……」
こっ、怖い。紗季未がこうなると、僕にも止められない。って、あれ? また、お腹が大きくなって来たよ。
「あっ、あっ、あっ、ほらほら、新川君のお腹が大きくなってきた。出産準備しないとね」
必死に話の流れを変えようとする蜂野先生に紗季未が一言。
「次からはちゃんと私との子になるようにして下さいね。後、今回、産まれた子も私の方で育てますから……」
何で、昔のドロドロ昼メロみたいになってるの? いや、そんなことよりどんどんお腹が大きくなってるんだけど……
「現役高校生の『妊娠』」をテーマにして、ここまで「色気」というものがない作品って、他にあるのでしょうか……