58 女王蜂様 右目をウィンク
それはともかく、途中からみんな「牛乳ラーメン」食べなくなって、こんなに余らせて、どうするんですか?
余った分は「スタッフが美味しくいただきました」ですか? 美味しくないけど……
「ほっほっほっ。新川君。メイドさんを舐めちゃあいけないわ。ちょっと来て。そこの少年」
蜂野先生は近くにいた僕よりちょっと年上くらいの男性に声をかけた。そして、男性の座った前のテーブルに「牛乳ラーメン」の入ったドンブリを置くと……
「美味しくなあれ 美味しくなあれ」
と言いながら、生クリーム絞り袋に味噌入れて、「牛乳ラーメン」の中に味噌でハートを書いた。
「ちょっぴり恥ずかしがり屋さんのあなたに、メイドさんがハートをプレゼント♡」
ここで蜂野先生、右目をウィンク。
呆然としている男性にとどめの一言。
「あらあ~、早く食べないと、あたしのハート。さめちゃうぞお♡」
次の瞬間、男性、ドンブリにかぶりつき、
「いっただきまあすっ!」
そして、蜂野先生、周囲から集まる熱い視線に向かい、
「次にあたしのハートを食べたい人は誰かなあ~?」
たちまち起こる返事の嵐!
「はい、は~いっ!」
「それは、ぼっくでぇすっ!」
「食べたいっ! 食べたいっ! めきみちゃんのハート食べたいっ!」
あっという間の大行列。
男って、男って、何て悲しい生き物なんだろう……
(僕も男だけど……)
◇◇◇
「あんらあ~、これじゃ最後の人に行くまでに冷めちゃいそうねえ。他の娘も呼ばないと~。あっ、せ~のっ、どんっ!」
蜂野先生が蜂の針を一振りすると、隆山先生と疲労子さん、それに、紗季未もメイド服姿に……
あっけに取られる三人に、蜂野先生、鋭い一言。
「ほらっ、みんな、何やってんのっ! お客さんがお待ちよ。あなたたちのハートをプレゼントして」
はいはいとばかりに席に着く隆山先生と疲労子さん。
「美味しくなあれ 美味しくなあれ」の声がこだまする中、千里万里さんはカメラを回す。
「もう、かくなる上は、『ドキュメンタリー』はやめっ! 徹底的な『バラエティー路線』で行くぞっ!」
僕もその方がいいと思います。
◇◇◇
疲労子さん、味噌でハートを描きながら一言。
「お母さん。すっかり『メイドラーメン屋』になって、『親子対決』も『料理勝負』もどっか行っちゃったねえ」
応じる隆山先生はやはり経験豊富なせいか落ち着いているみたい。
「まあ、めきみちゃんも楽しけりゃいいんだって言ってるし、明日になって、『親子対決』や『料理勝負』の方が楽しいなら、また、そっちやればいいよ」
「それもそうだね」
疲労子さんも笑顔だ。
◇◇◇
やれやれと思って、佇んでいると、不意に後ろから襟をつかまれた。
「えっ」と思って、振り返るとメイド服姿の紗季未! 口に右手の人差し指を付けて、シーッのポーズ。
「こうちゃん。静かに。こっちに来て」
裏手に連れて行かれて、
「ちょっとここで座って、待ってて」
やがて、僕の目の前のテーブルには「牛乳ラーメン」が置かれた。
思わず紗季未を見ると、ちょっぴり赤面して、味噌入れた生クリーム絞り袋を持っている。
「えっ?」
「こうちゃんにはいつもお世話になってるから、特別だからね」
◇◇◇
「美味しくなあれ 美味しくなあれ」
紗季未は少しはにかみながら、味噌でハートを描いて行く。
「私のハート。召し上がれ♡」
もったいなくて、罰が当たりそうで、涙で目の前が見えなくなって…… とても食べられません。