36 女王蜂様 出番なし さっちゃんこと母さん回
(んっ?)
僕は気付いた。
そういえば母さんの姿が見えない。さっきまでの修羅場で、レオタード姿でリボン振りかざして、踊っていたはずだが……
そこに近所中に響き渡るような鋭い声が響いた。
「吉田社長っ! 小林GMっ! 何をしているのですっ! 監督は先程からお待ちかねですよっ!」
◇◇◇
鋭い声に振り向けば、そこにはスーツをビシッと決め、眼鏡を着用した秘書姿の母さん。顔は18歳のままだけど……
「えっ? あっ?」
あっけに取られる吉田と小林。
そこに更に鋭い声が飛ぶ。
「吉田社長っ! 小林GMっ! あなたたちはコンブチャ・オヒム監督を迎えに来たのではないのですかっ?!」
見れば、母さんの陰にコンブチャ・オヒムの父さん。あ、いたのね。
それにしても、母さん、ズルイ。何? そのキャラ変? そもそも、出発が遅れる原因になった修羅場に母さん、レオタード姿で参加してたでしょうに。
◇◇◇
「はっ、はひっ」
慌てて駆け出す吉田と小林。吉田は父さんと母さんの靴を出し(何でありかを知っているんだ?)、小林は玄関の外に出る。車を回しに行ったらしい。えっ? 車?
僕も小林の後について、外に出る。
「おっ、おいっ、小林っ!」
「何だ?」
「変身したとは言え、中身は高校生だろ? 車の運転とか大丈夫か?」
「まあ、見てなって」
小林が手元のボタンを押すと、ピッと音が鳴り、物陰から車が姿を現した。
「えっ? 自動運転車輛かよ?」
「ああ、それも完全自動運転車輛だ」
僕は驚いた。でも、これは……
「小林。これはオーバーテクノロジーじゃないのか?」
「何言ってんだ。あれを見ろ」
小林が指差した先では中空を銀河鉄道が運行していた。
「あれは新川の兄貴が作ったんだろ。あれに比べれば、完全自動運転車輛なんて可愛いもんだぞ」
そのおまえの言うところの、僕の兄貴と先週温泉センターに行ったという理由で、さっき、おまえに打ち首にされそうになったんだが……
◇◇◇
玄関に戻ってみると、吉田が靴ベラを使って、靴を履き終えたコンブチャ・オヒムの父さんから靴ベラを受け取り、それを母さんに渡した。
母さん、微笑を浮かべて一言。
「ありがとう」
吉田、その姿を見て、ポーッ。おいおいっ!
僕は吉田にこっそり耳打ちした。
「おい、吉田。あの秘書は、中の人は49歳の僕の母さんで、さっきまで、レオタード姿でリボン振ってた……あれだぞ」
すると、吉田は憐れむような眼をして僕を見た。
「新川、おまえが何を言わんとしているか。さっぱり分からん。だがな……」
ここで一息溜めると……
「いいっ! 秘書はいいっ! キャリアウーマンはいいっ! あのハイヒールがたまらんっ! ああ、踏まれたい……」
僕は大きく溜息を吐いた。
「そうか。吉田。そういう趣味だったのか……」




