3 女王蜂様 鋼の催眠術師を倒す
「ああ~~。うん。え~と。では~。ホームルーム~。はじめるぞ~」
異様に間延びした声で話すのは、もちろん、蜂野先生ではない。
我らが1年8組担任、粕川衆作先生である。
蜂野先生はにこにこして、後ろに控えている。
うん。やっぱ、美人だ。ボンッキュッボンッを苦手とする僕でもそこは認めざるを得ない。
「ああ~。きょ~から~、にがっきぃ~、だな。うん。そ~れ~でだなぁ~」
ちらりと周囲を窺うと、みんな瞼が重そうだ。蜂野先生見たさに必死に耐えているが、もう、一部眼を閉じてしまっているのもいる。あの熱血鬼熊先生にしてそうなのである。
そう、これが粕川先生の自動発動スキル。担当科目は日本史。
昨今の歴女ブームを待つことなく、歴史好きというのは昔からいるのだが、そういった生徒もことごとく眠らせてしまう。その二つ名は「鋼の催眠術師」である。
ついには鼾をかく奴が現れた。しかし、粕川先生は一向に動じず、己がペースを崩さない。「鋼」の二つ名は伊達ではないのだ。
そして、僕は見た。蜂野先生すらも、瞼を閉じんとしているのを。
だが、彼女はカッと目を見開いた。さすがです。そうでなくてはと僕が思った次の瞬間、彼女は、つかつかと教壇に歩み寄った。
◇◇◇
蜂野先生が粕川先生の首元に軽く手を添えると、粕川先生は静かに崩れ落ちた。
「!」
観衆はさすがに全員目を覚ました。
「ふぅ~。こっちの世界にも、これほどの使い手がいるとはね。油断も隙もあったもんじゃないわ」
「はっ、蜂野先生っ! 粕川先生は?」
生徒の質問に、蜂野先生は微笑を浮かべながら答える。
「大丈夫、眠っているだけだから。まあ、もうちょっと様子をみようかな~と思ったけど、善は急げって言うしね~。計画実行に移るわ」
その時の蜂野先生の微笑は何とも例えがたく、さすがに観衆も引きかけた。
「えーと。じゃあ、この世界の自己紹介の定番ね。見てて~」
蜂野先生は黒板に向かうと、あまり上手くない大きな字で自分の名前を書いた。
「蜂野女王」
「はい、その君、これを何と読むかな~?」
最初に指名されたのは、幸いにも僕じゃなかった。正直、普通の授業で指名されるより何十倍も緊張した。
「えっ、え~と。『はちのじょおう』?」
「せいか~い。そうです。あたしが『異世界から来た女王蜂様』ですっ!」