127 女王蜂様 ご先代様 「ドナドナ」
三俣はおもむろにかけている眼鏡の位置を直すと、次の言葉を絞り出した。
「行き先は中鳥島です。先生が『分封』すると言ったところです」
蜂野先生、三十秒くらい鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたけど、やがて、右手の拳で左手のひらをポンと打った。
「ああ、ああ、そんな話もあったわねん」
三俣はまたも大きく前方につんのめった。でも、さっきよりはつんのめり方が小さいぞ。頑張れっ! 三俣っ!
「分かっていただけましたか。先生。さあ、一緒に中鳥島に行きましょう」
「あんよいたーい。歩きたくなーい」
三俣はは一瞬下を向いたが、やがて、不敵な笑みと共に顔を上げた。
「ふっふっふ、そう来ると思って、用意してあります」
三俣が指差した先には座布団が敷かれたリヤカーがあった。
◇◇◇
かくて蜂野先生はリヤカーに乗り、それを三俣が引っ張るという状況になった。
何だこれは? 「ドナドナ」か? 乗っているのは「売られる子牛」ではなく「女王蜂様」だが。
「ねー、眼鏡っ娘ちゃーん。何か飲みたーい」
「はいどうぞ。水です」
「気が利かないわねん。こういう時は酒よ。酒! 偉い人も言ったでしょ。『飲みたくなったらお酒』って」
「知りません。お酒ならですね。先に行ってる『ドラゴン酒造中鳥島営業所』の獣人さんたちがヤシの実使って果実酒作るって言ってましたよ」
「ふーん。しょうがないわねん。それで我慢してやるか」
そんな会話をしながらも、蜂野先生を乗せたリヤカーは中鳥島につながっている大穴に近づいて行く。
それと共にトラックが余裕で通れるほど大きかった穴がだんだんと小さくなっていく。
僕と紗季未は顔を見合わせる。今度こそっ、今度こそっ、「分封」が終わろうとしているんだ。
◇◇◇
蜂野先生を乗せたリヤカーが穴の前まで着いた時、もう穴の大きさは人一人が通れるくらいになった。
蜂野先生は最後に僕たちの方を振り向くと一言。
「じゃあねえん。バッハハーイ」
軽! 最後の言葉がそれですかっ?
リアカーを引っ張っていた三俣は最後に蜂幡市に残る僕たちに向かって手を振った。
だけど僕と目が合ったとたん、あっかんべーをした。
うーん。これはされても仕方がないか。やむを得ないとは言え、いろいろ傷つけちゃったからなあ。
そしてとうとう蜂野先生を乗せたリヤカーが中鳥島につながった穴はきれいさっぱりなくなった。
残った僕たちはしばらく呆然としていたが、やがて、何人かかつて穴があったところに行き、行ったり来たりした。
やっぱり中鳥島に繋がった穴はもうないようだ。
つまり残った僕たちはもう中鳥島には行けない。
「本当に『分封』しちゃったんだね」
紗季未がポツリと言った。




