1 女王蜂様 始業式をコンサート化する
僕の名前は新川恒太朗。
県立蜂幡高校通称ハチコーの一年生だ。
ハチコーはいわゆる地方の進学校ってやつで、大学進学を希望する僕はそれを理由に入学した。
知らない人は、進学校の生徒なんて画一的なお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりと思っている人もいるかもしれないが、少なくともハチコーはそうでもない。
元気というかミーハーというか、そういうのはゴロゴロいる。
もちろん、オタクも結構いる。人のことは言えないが。
まあ、僕なんかおとなしい部類である。そう思ってもらいたい。
◇◇◇
「おはよー」
後ろから声をかけて来たのは北原紗季未。まあ、腐れ縁って言ったところかな。
「今日から二学期だね」
「うん。そーだな。ふああ」
僕は思わず大あくびをする。
「ひどっ! 人の顔見て大あくびなんて、猫か? キミは?」
「ごめん。そーゆーつもりじゃなくて」
「ふっふっふっ、分かっているよ~。昨日、寝たの何時だ?」
「3時……」
「相変わらずだねぇ。やっぱ。RPG?」
「そのとおりです……」
「ふっふっふっ、私は何でも知っているのだよ」
(良かった。今日も元気そうで)
僕はそう思う。何せこの北原紗季未、小さい頃は大変だったのだ。
彼女の二つ下の弟拓也は生まれつき体が弱く、入退院を繰り返していた。
彼女の両親はしょっちゅう付き添いで病院に行ってばかりで、そのたびに紗季未は隣家である我が家で食事を摂ったり、泊まったりだった。
だから、幼馴染というより兄妹に近い。
ところが、この拓也君。何とか体が丈夫になってほしいという両親の願いのもと、始めたサッカーが大当たり。
今となっては、日本が誇るジュニアアスリート「タクヤ・キタハラ」を知らないとはモグリだな状態。
もともと貿易商だったお父上とお母上と一緒にスペインに行っていらっしゃる。
あの時のことを思い出すと、苦しそうに呼吸する両手を握り「大丈夫だ。拓也。がんばれ。がんばれ」と言ってた僕って何?
ともあれ、それで今の紗季未は一人暮らし。寂しいのかなとも思うけど、そうでもなさそうで何より。
◇◇◇
体育館での始業式。
あーつまんねーと思っているのは僕だけではないはずだ。早く帰ってゲームの続きやりたいと思っているのは僕だけかもしれないが。
「あー、それではー。急な話だけども、1年8組の副担任だった樋越先生がご家庭の事情で一学期いっぱいで退職なされた。後任の先生を紹介する。蜂野先生。こちらへ」
1年8組? 僕のクラスだ。まあ、副担任なんて、担任の先生が出張や研修で不在の時に来るくらいだしな。あんま関係な……
「うおおおおーっ!」
僕の思考は、男子生徒の大歓声で中断された。
思わず顔を上げた僕の眼に映ったのは……
美人! 凄い美人! おまけにスタイル抜群。身長は175はありそうなモデル体型。腰までありそうな金髪に、黄色のワンピースを身にまとった、あれは……
「蜂野先生ーっ」
男子生徒のコールが入る。
「こっ、こらっ、蜂野先生が挨拶出来ないじゃないか。静まれ」
校長先生の言葉は空しくスルーされた。
蜂野先生は校長先生に軽く頭を下げ、マイクを受け取る。
「コホン」
蜂野先生がマイクを取って、ひと声出すと騒乱は嘘のように静まった。
「みんなー。初めましてー。蜂野めきみでーす。この春、大学を卒業したばかりの22歳でーす。まだ、何も分からないけどよろしくお願いしまぁす」
「うおおおおーっ!」
「めきみちゃぁぁぁんっ!」
始業式はさながらアイドルコンサート会場と化した。だが、こんなことは所詮序の口に過ぎなかったのである。