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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
主教の丘ビショップベルク教会のダンジョン
93/103

93. 代理戦争

 階段を上っていくにつれて、書物は新しくなっていくようだった。

 解読不能な古文書が姿を消し、比較的新しい戦争中の記録が出てくる。


 私はヨルゲンの日記を集めながら歩いていった。

 日記はまるで私の求めに応じるように、何度も目の前に現れる。


 ヨルゲンはかなりの間、日記を書いてきたようだ。

 その秘密を知るには、もう少し落ち着いた場所で日記を読むほうがいいだろう。 


 階段を上るに連れて、周囲の明かりが少しずつ暗くなっていることに気付いた。

 深層に近づいているようだ。


 図書館に漂う空気が変わる。

 そろそろ罠に気をつけなければならない。


「機密文書って、どれくらいの時期に書かれたんですか?」


 エメットが蒔田に尋ねる。


「当然、エルヴェツィア大陸が地球に転移してからのものですから、比較的新しい年代のものです」


「正確な年代を教えてくれれば、探す手がかりになると思う」


「エルヴェツィア・ドワーフ戦争が終結する頃です。自衛隊は急遽、中立地域のスカーディナ王国から部隊を派遣しました」


 1970年代に勃発したエルヴェツィア・ドワーフ戦争では、エルヴェツィア大陸中央部の砂漠地帯に埋蔵された地下資源を巡って、エルヴェツィア共和国とドワーフ社会主義共和国、そして両勢力の影響下にある衛星国が衝突した。

 大陸中央部の砂漠地帯には元来、狼人(ライカンスロープ)の小王国が分立しており、当初は彼らの国々が戦争の舞台となった。


 やがて、中国から大量の武器を供与されたドワーフ社会主義共和国の機甲師団が、エルヴェツィア共和国の国境を越えると、代理戦争は直接の戦争に発展する。

 エルヴェツィア共和国の先遣部隊となった吸血鬼たちは、この時の戦闘で呆気なく殲滅された。


 戦闘の結果を受けて、残された僅かな吸血鬼たちはエルヴェツィア共和国を見限った。

 彼らは各地に亡命し、二度と祖国に戻ってこなかったのである。


 一方で、ドワーフ社会主義共和国の圧倒的な侵攻に、アメリカを始めとする西側諸国が反応するのは当然だった。

 しかし、彼ら何よりも地下資源の利益を優先した。


 イデオロギーよりも資源獲得と武器売買を目的とした各国は、両勢力を代わる代わる支援する。

 政治的バランスを失った砂漠地帯では戦闘が激化し、国連の仲裁を必要とした。


 この時、日本は中東戦争によるオイルショックの影響を受けており、事態の深刻化に危機感を抱いていた。

 中東の石油危機とは異なり、日本はエルヴェツィア大陸の地下資源について利害関係の当事者となったのだ。


 だが、日本国内の航空会社各社は社員の安全を鑑みて、エルヴェツィア大陸での邦人救出を拒否した。

 しかし、傍観している場合ではなかった。


 ついに当時の日本政府は議会での反対を押し切り、邦人救出を理由に自衛隊の海外派遣を決定した。

 自衛隊の初めての海外派遣だった。


「まぁ、何か起こるのは当然ですよね」


 エメットの言葉に、上永谷氏が顔をしかめた。


「自衛隊は速やかに任務を遂行し、邦人を救出した。何も問題は起こしていない。……問題を起こしたのはスカーディナ王国のほうだ。連中はろくに偵察もせずに非戦闘地域だと言って、自衛隊を戦闘地域に向かわせた。すべて、スカーディナ王国の責任だ」


 上永谷氏の口調には、静かな怒りが滲んでいた。

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