92. 隠された目的
黴臭い古書の間を歩いていく。
魔物の気配はない。
足元に気をつけながら階段を上り続ける。
図書館はあまりにも広く、膨大な書物に囲まれていた。
蒔田の魔法で入口からの座標は分かっているが、それでも同じような風景ばかりで、どれだけの距離を歩いてきたか分からなくなってくる。
やはり、このダンジョンは空間が歪んでいる。
「少し休憩しよう」
上永谷氏の言葉を合図に、私たちは階段の踊り場に荷物を下ろした。
「何が書かれているんでしょうね」
エメットは何気なく一冊、分厚い古書を手に取った。
開かれたページには幾何学模様がびっしりと記されている。
古代魔法に纏わる内容のようだ。
しかし、どのような魔法なのかは判別がつかない。
「他には?」
手当り次第に古書を開いていくうちに、中には意味の通るものも存在することが分かってきた。
それは随筆であったり、数式の証明であったり、哲学書であったり、魔王を称える政治論評であったり。
確実に古い時代――エルヴェツィア大陸が地球に来る以前のものばかりだ。
廃棄された文書とは、こういったもののことなのだろうか。
「ルビー、この本を見てくれ」
リーズ様が手にしていた赤茶けた本のページには、古い暦と共に日記が綴られていた。
日記を書いたのは――
「ヨルゲン……! ロシルが言っていたエルフの碩学」
私はリーズ様から手渡された日記を食い入るように読んだ。
「"薄明の月。人間たちがグラープ市を包囲してから半月にもなる。これ以上、耐えることはできない。勇者の侵入も時間の問題であろう。
そこで、ロシルの提案で私はグラープを離れることになった。勇者の転生の秘法について、研究を続けるためだ。魔法使いたちは最後の力を振り絞り、私をフェノスカーディナ公国へと送り出した。
私だけが逃れた。神よ。どうか魔王とグラープの市民に加護があらんことを"」
彼はグラープ市が勇者に攻められた時に市内にいた。
難を逃れたヨルゲンは、恐らくコブマンハウン市に飛んできたのだろう。
「この図書館には……スカーディナ王国で書かれた、ありとあらゆる文書が収められている」
上永谷氏は手に取った本から埃を払いながら言った。
「どうしてここに本が収められているんですか?」
「理由は聞いていない。集まってくるんだそうだ。だが、ダンジョンの仕組みに興味はない。私たちの目的は別にある」
「目的って何ですか?」
「教えたからと言って、私たちの利益になるのか?」
「目的くらいは教えてくれてもいいのではないか。私たちも協力できるかも知れないのだから」
リーズ様の言葉に、上永谷氏は一瞬、眉を上げた。
蒔田を振り返り、上永谷氏は顎で指図する。
「私たちはこの図書館に廃棄された機密文書を探し出し、回収するために派遣されてきました。その機密文書を探していただければ、早くここから出ることができます」
「どんな内容なのじゃ?」
「かつての防衛庁にとっての機密文書です。エルヴェツィア共和国とドワーフ社会主義共和国の戦争における国連の平和維持活動に、自衛隊が派遣された際に問題が起きました。その問題に関わるものです」
そんな重要な文書がダンジョンに存在するのだろうか。
いや、どんな重要な文書でも集まってくるからこそ、彼らは派遣されてきたのだろう。
ダンジョンで機密文書を探す。
だが、それと同時に、ダンジョンに散逸したヨルゲンの日記を探すことも、また重要な目的になった。




