88. スロットシュル島の戦争博物館
寒空の下で凍えながら、私たちがミュスター観光騎士団の小旗を順々に掲げていたところ、3巡目で依頼者が現れた。
「えっと……上永谷さん……で、合ってますか?」
「はい。今日はよろしくお願いします」
長身で切れ長の目をした人間の男性と、小柄なショートカットのエルフの女性。
……と思ったが、狼人の男性。
日本ではこのような魔族の夫婦は珍しくないようだった。
だが、そこまで若いようには見えない。
このくらいの歳であれば、新婚旅行にも思える。
しかし、二人の間には妙によそよそしい雰囲気がある。
仲睦まじい夫婦には見えないが、日本人とはそういうものなのかも知れない。
他人に見せびらかすように距離を詰め合うカップルという年代は過ぎているのだから。
「あれ? お荷物が多いようですけど」
エメットが夫妻のリュックサックを指差して言う。
「これですか。いや、大したものじゃないですよ」
「そうですか。重たいようでしたら、あたし以外の誰かが持ちますけど」
言いながらエメットはこんちゃんのほうを見る。
既にこんちゃんは荷物を渡してくださいと言わんばかりに手を広げている。
「いえ、大丈夫です。荷物よりも、そろそろ出発しましょう」
上永谷氏は少し慌てたように後退りした。
「それでは、歩いて観光スポットを巡りましょうか」
コブマンハウンは港街であり、昔から港を防衛するための施設が築かれてきた。
徒歩で回れる範囲に、砦の史跡や城がいくつもある。
上永谷夫妻を連れて、まずはフェノスカーディナ公が公国の中心として使っていたスロットシュル島を目指す。
私たちは駅前の公園を横切り、博物館が並ぶ通りを進んだ。
コブマンハウン市立博物館に、スカーディナ王立博物館。
そのまま先に進むと、かつてフェノスカーディナ公爵が宮殿として使い、そして海軍港として開発されたスロットシュル島に入る。
スロットシュル島は島といっても、周囲を河が濠のように囲っている土地である。
400年前、フェノスカーディナ女公クリスティアーネ4世が公国を統治するため、島の中に行政機関を整備した。
クリスティアーネ4世の治世下で、裁判所や兵器庫や証券取引所、そして公立図書館が設置され、島は大きく発展した。
今でも首相府は島内にある。
「なるほど。ここがかつての、スカーディナ公国の行政の中心地ですか」
フェノスカーディナ公のかつての居城を見上げながら、上永谷氏が関心するように言う。
「そうです。行政と、そして防衛の中心地でした」
上永谷夫妻は満足気に説明を聞いている。
前日入りして予習して良かった。
クリスティアーネ4世の兵器庫は今では戦争博物館として公開されている。
入り口に立つ雄叫びをあげる獅子頭のキマイラ像が来場者を威圧する。
中には魔法を扱うための触媒のコレクションが壁一面に架かっている。
呪鈴、錫杖、枝杖、古書、法典、タリスマン、魔法石。
エルフという種族はどのような道具でも、魔法に使えるとなれば扱ってきた。
珍しいのは角灯で、頭蓋や魔法植物で形作られた角灯を灯すだけで、魔法の触媒となる。
「これだけの武器が戦争に使われたんですね」
奥さんの呟きに、上永谷氏も小さく言葉を重ねた。
「誰かを護るために」




