87. スカーディナ王国の首都コブマンハウン
スカーディナ王国、首都コブマンハウン、冬。
-10度の凍てつく寒さと長くなった夜が気力を削ぐ。
北緯50度の大陸性気候。
季節の寒暖差は激しい。
外を出歩くエルフたちは寒さに慣れているようで、私たちよりも薄着に見えた。
しかし、その視線は気温と同じように、どこ寒々としたものを感じる。
何故、観光客がこの季節を選んだのか。
私はきちんとした理由が思いつかなかった。
年末年始のイベントは主に国民向けで、観光客が楽しむためのものではない。
中央駅の前にあるメリーゴーランドを備えた公園も、秋には終園日を迎える。
観光シーズンが終われば観光ガイドの仕事はなくなる。
はずだったのだが、がら空きの予定を少しだけ埋めて、スカーディナ王国まで飛んでくることになったわけだ。
「この世の終わりみたいな寒さですね」
防寒着で膨れたエメットが小声で囁く。
エメットはどんな時でもこの世の終わりを体感していたが、今度こそまさにこの世の終わりだった。
観光客との待ち合わせ場所である市内の中央駅までは、空港から鉄道で13分。
ホテルに到着したという連絡もまだなかった。
凍結を防ぐために、市内にある噴水は水が止められている。
冷え切った光景だけが広がっていた。
「でも、折角ガイドを頼んでくれたのじゃから、楽しんでもらうのじゃ」
こんちゃんが震えながら口を開く。
「ビショップベルク教会以外にも、見所も調べておいたわけじゃし、準備はOKなのじゃ」
前日入りして市内を散策したが、コブマンハウンには地下鉄も市電も路面電車も無かった。
国電とバスだけが旅人の足となる。
それでもバスだけでもあれば十分に観光スポットは見て回れた。
美術館や博物館も多いので、屋内で温まりながら観光することもできる。
しかし、コブマンハウンは観光地にありがちな、物乞いやストリート・パフォーマーの姿が殆ど見当たらなかった。
どこか冷たい雰囲気に包まれている。
よく観察すると、街全体が路上生活者を排除するようにデザインされているように感じた。
それはあまりにも巧妙で、日常的にありふれていて、すぐには気付かない。
座り込めないようにわざと凹凸を設けた階段や段差。
横になれないように手すりを付けたり波状の形状にしたベンチ。
防犯のためとはいえ、監視カメラが至るところに設置されている。
切実に身体を休ませたい者すらも排除する、それは強迫的にも思える。
こうした街で路上生活を送る者が減ったとはいえ、それは単にラフスリーパーを増やしただけに過ぎない。
ネットカフェなどの店舗で寝泊まりしている者を含めれば、結局、ホームレス人口は変わらないだろう。
エルフたちは自分たちが国民と認める者だけに開かれた国をつくった。
その精神は首都コブマンハウンのデザインにも反映されている。
息苦しい国だった。
その息苦しさを一番感じているのはリーズ様だ。
半分は同じエルフの血が流れている同胞に、入国審査ではあからさまにぶっきらぼうな対応をされたのだから。
歓迎ムードではなかった。
それは吸血鬼も、ノームも獣人も同じことだったが。




