86. 依頼その2
ダンジョン深層への許可が下りてから程なくして、私たちの下に一つの依頼が舞い込んできた。
その行き先はスカーディナ王国の首都コブマンハウンだった。
エルフの王国、スカーディナ王国は元々、1つの公国そして公爵領だった。
ロシルは公都コブマンハウンに行くように言っていたが、ダンジョンに匿われていた彼女は、そこが今は王国の首都になっているとは知らなかった。
皆で館の書斎にあるPCの前に集まり、依頼のメールを確認する。
「いよいよ国外での観光案内か」
リーズ様が固唾を飲む音が聞こえる。
そう。次なる舞台はエルヴェツィア共和国ではない。
カルロフの口利きで、私たちはスカーディナ王国でも観光案内を行う許可を得ていた。
依頼者はそれも知っていたようだ。
依頼者は日本人の夫婦2人。
水入らずの旅ではなく、ガイドを伴うというのは少し訳ありなのかも知れない。
「えっと……コブマンハウンって何があるんでしたっけ?」
エメットが疑問を口にする。
依頼内容を確認すると、市内にあるビショップベルク教会を案内するように希望していた。
「ビショップベルク教会はオルガンをイメージして建てられた外観で有名なんです。私が眠っている間に建てられた教会なので、行ったことも見たこともないですが……」
「ルビーさんの知識で太刀打ちできないなら、あたしたちが案内できるか分からないですね。ピンチですよ」
「そこは前日入りして調べておくとかして、なんとかしましょう」
観光案内が上手くいくかどうか。
しかし、これは丁度良い機会なのかも知れない。
私が魔王の器となった理由を知る。
そのためにコブマンハウンにいるというエルフの碩学ヨルゲンを訪ねる。
ロシルの言葉が本当かどうか確かめるためには、それしかない。
ヨルゲンが何者なのかは知らないが、会って話すくらいはできるだろう。
トゥーリ空港からコブマンハウン空港までは1200km。
1時間40分のフライトでコブマンハウンに到着する。
今回はこんちゃんも連れて行くことに決まった。
パスポートは必要だが、短期の出張扱いなのでビザは不要。
「スカーディナ王国はエルフの国なんですよね。エルフはハーフエルフへの差別が激しいって聞きますけど、リーズさん、大丈夫ですか?」
「それは行ってみないと判断できないだろう」
スカーディナ王国は国民の80%以上がエルフだ。
エルフの国王を元首に戴く、民主的な立憲君主制の国である。
スカーディナ王国の領土は代々、枢密顧問官を務めてきたエルフのフェノスカーディナ公爵が治める公国あるいは公爵領だった。
エルヴェツィア王国からの独立後はフェノスカーディナ公爵が改めて国王を名乗り、今に至る。
政治についてはエルフによって派閥が構成されている。
他の種族が付け入るような隙はなかった。
その一方で外交については南東にあるドワーフ社会主義共和国とは領土権で揉め続けているが、解決の緒は一向に掴めていない。
島を返還する代わりに世界遺産を含む地域を交換するとかしないとか、文化財を交換するとかしないとか、国内での種族の弾圧をやめるとかやめないとか。
お互いに要求はあっても、彼らは妥協というものを知らなかった。
果たして一般の国民もそのような排外主義に染まっているのか、行って確かめるより他にない。




