85. 大牙のホムンクルス
ホムンクルスの咆哮が辺りの空気を震わせる。
どうやら怒らせてしまったようだ。
ホムンクルスは暴れ回りながら私たちに突っ込んでくる。
なんとか回避するものの、手がつけられない。
こういう時こそ魔法だ。
私は呪鈴を手に取って魔法を唱えた。
「【DILTO】!」
ホムンクルスの頭の周囲に黒い霧が吹き出し、その視界を覆った。
ホムンクルスは狙いを定めることができず、頻りに首を振り始めた。
「今です!」
私の合図とともに、リーズ様の槍がホムンクルスの急所を突き刺す。
ホムンクルスは奇怪な呻き声を上げて倒れた。
「そこまで!」
研修を監督する鬼人の一声で、戦闘は終了した。
待機していた僧侶が怪我を負ったホムンクルスを回復させ、次の戦闘に備えさせる。
「うむ。見事なチームワークじゃった。ざっとこんなものじゃな!」
こんちゃんが薄い胸を張り、楽器を背中に戻す。
たとえ手強い相手でも、十分な装備と適切な戦い方ができれば問題はなさそうだった。
鍵開けの研修が終わったところで、エメットとも合流する。
"おおっと"とはならず、無事だったようだ。
これまでも案内でダンジョンに潜ってきたおかげで、私たちの実力は深層でも通用する段階に達している。
この調子で行けば、実際のダンジョン踏破も時間の問題だろう。
「それじゃ、今日はUzの配信があるから先に帰るのじゃ」
「お疲れ様ー!」
研修を終え、数日後にはダンジョン深層に潜る許可が下りた。
意外なほど簡単だったと言わざるを得ない。
しかし、実際のダンジョンは罠が張り巡らされており、一筋縄では行かない。
鍵開け師の研修がどんなものだったのかは知らないので、エメットが深層でも任務を果たせるかは未知数だった。
「エメットさん。本当に研修を修了したんですよね」
「疑ってます? 大丈夫ですよ。どんな罠でも完璧に秒速5cmで外せますから」
エメットは館の客間でスマホを片手に答えた。
さきほどからゲームに夢中で真剣に答えているとは思えない。
「例えば?」
「毒ガスの罠をシュールストレミングと同じくらいまで軽減できます」
「まるっきり軽減できてないじゃないですか。密室だったら場合によっては死にますから、それ」
「でも、どれくらい臭いか興味ありませんか?」
「ありません。他にはどうなんですか」
「アラーム音を音姫に変えます」
「……それでも魔物は出てくるんですよね」
「場合によってはポイズンジャイアントが出ますね」
「最悪じゃないですか」
私の溜息にも、エメットは笑みを浮かべたままだ。
ゲームが一区切りついたようで、スマホを置いて顔を上げる。
「何が出てくるかまでは、あたしの責任じゃないですからね。変な宝箱なんて、最初から無視するのが安全のためですよ」
「正論ですけど、鍵開け師がそれ言います?」
「遺跡荒らしですって。荒らすのが仕事であって、漁るのは盗賊がやるものですよ」
何が違うのか分からない。
本当に罠をエメットに任せていいのか心配だが、その時はその時だろう。
とりあえず罠がテレポーターでないことだけを祈るしかない。
石の中で死ぬのだけは御免だった。




