83. クウェイラ州庁舎
ダンジョン深層に挑むための研修。
グリシュン州の州都クウェイラにある観光局グリシュン州支部まで出向いて参加する。
私たちは遠出の時にクウェイラを中継したこともあったが、こんちゃんにとっては初めてのクウェイラだった。
クウェイラは5000年もの歴史を持つ、グリシュン州最古の都。
トゥーリからクウェイラまでは特急で1時間程度だから、レンタカーで来る私たちよりも、こんちゃんのほうが早くクウェイラまで移動できる。
私たちが駅前の広場に着くと、こんちゃんがすぐに出迎えてくれた。
「自然豊かで空気が美味しいのじゃ。都会にはない良さがあるのじゃ」
美しい街並みには歴史的な文化遺産や史跡が散見される。
旧市街の最も東側にある灯火大聖堂は800年近く前に様々な様式を組み合わせて建築された。
しかし、今日は州庁舎で研修を受けるだけだ。
研修会場の会議室にはダンジョン踏破を目指す冒険者や仕事で護衛を行う者たちが集まっている。
それぞれ目的は違うが、目指すところは一つ。
ダンジョンの最奥部である。
ダンジョンの浅層を行き来するだけなら、カジュアルな観光気分でもそこまで危険はない。
登山初心者が標高の低い山に登るのと同じことだ。
しかし、ダンジョンの深層は誰の助けも借りずに危険な山脈に挑むのと大差ない。
入念な準備と経験に基づく判断が必要だ。
ダンジョン内や宝箱に仕掛けられた罠の種類は変わらないが、深層の生態系は凶暴な魔物を頂点としている。
彼らの特徴や生態について知ることが、深層に挑むための第一歩だった。
講壇に立つ鬼人の役人が眠くりなりそうな講釈を垂れる。
「巨竜にも翼竜型と大蛇型がありますが、これらの違いをよく理解することで、適切な対処が可能になります。冊子のP.43に表がありますが、エルヴェツィア大陸の西部や北方の寒冷地域では翼竜型が好まれ、大陸中央の砂漠地帯や南部の乾燥した気候では大蛇が好まれて、ダンジョン内に配置されています。これらの違いについては……」
話が長い。
今更、巨竜対策を練ったところで、どうせ脆弱な連中は死ぬ。
勝てない相手にはどうするのか。
どんな時でも逃げるのが一番だった。
「また、希少種として半竜人の存在があります。彼らは竜人とは異なり、知能は高くても魔族相当の知性は持ち合わせていません。しかし、我々の声や言葉を模倣することで撹乱し、その間に襲ってくるという習性を持っています。女性が襲われた際には、竜人を妊娠するとの伝説もありますが、現在では根拠が薄く、ただの空想であると考えられています。次にP.45をめくって……」
講釈は2時間も続いたが、既に見聞きしたことも多い。
しかし、中には私が眠っている間に進歩した分野もあった。
魔物を分類した魔物分類学によれば、その種類は大まかに5つに分類される。
1つは鉱物を含む無生物、1つは植物、1つは微生物を含む動物、1つは精霊、1つは死物。
肉体を持たない精霊と肉体を失った死物の違いは延々と議論されてきたが、決着がついたのはそれを先天的な特徴と見做すか、後天的な状態と見做すかということによってだった。
であれば、吸血鬼は単なる不可逆的な状態で、私の種族は人間であるのだろうか。
答えはイエスでありノーである。
魔族としての幽霊や吸血鬼は前世の種族だけではなく、前世の種族かつ現状の種族という形で併存することが認められている。
それがアイデンティティーの何たるかというものならば、受け入れることも必要なのだろう。




