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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
国際金融都市トゥーリ
80/103

80. 迷い

 こんちゃんはショックを隠しきれず、項垂れている。

 彼女は顔を覆い隠して、泣いているようだった。


 日本を去るというのが、そこまで大変なことなのか。

 私には理解できなかった。


 機会を見て日本に戻ってくれば良いだろう。

 日本とエルヴェツィア大陸を往復するような生活でも良い。


 こんちゃんにとって、Uzが日本から離れるということは、彼女自身も見捨てられるということに等しいのかも知れない。

 私はそこまで愛国心が強い魔族をあまり見たことがなかった。


 一部の歴史の長い地域を除いて、多くの魔族にとって国は単なる土地の括りでしかなかった。

 そこにどれだけ同族が住んでいてコミュニティがあるとか、どれだけ税負担が軽くて生活が楽とか、そういう次元の話なのだ。


 そうでなければ、エルヴェツィア王国が分裂した理由が説明できない。

 多くの魔族が拠り所としたのは国ではなく、自分と同じ種族であり、国を選ぶのは合理的、経済的な根拠に基づいている。


 だからこそ、なのか。

 獣人(リカント)は十把一絡げに獣人と見做されるが、多種多様な形態の者がおり、彼らの分類は細分化していた。


 そうした多様性から、獣人は種族という拠り所が希薄だ。

 獣人の国は無かったが、それでも彼らは各地で生きている。


 それとも。

 こんちゃんの拠り所は日本という国ではなく、個人に対するものなのか。


 Uzは居た堪れなくなったようで、遊覧船の客室へと入っていった。

 私たちはこんちゃんが心配で、彼女の傍にいるしかなかった。


「嫌じゃ……Uzと離れるのは嫌じゃ……」


 こんちゃんはカメラもマイクも取り落して泣きじゃくっている。


「それなら、君もエルヴェツィア共和国に来ればいいじゃないか」


「嫌じゃ……わらわは海外ではきっと生きていけないのじゃ……」


 彼女が首を大きく横に振ると、ふわふわの尻尾も同じ方向に揺れた。


「どうして?」


「どうしてって……同じ魔族でも種族も違うし、習慣だってまるで違うのじゃ。皆が優しいのは観光客だからなのじゃ。マネージャー業を辞めたら生きていけないのじゃ」


 習慣という意味では、巫女服を着て海外に来てるのもどうかと思うが。


「それは単に、自分が日本人を特殊なものだと思い込んでいるだけだろう。どこだって誰だって変わらない。どこの国でも、特別な者はいない」


「でも、Uzは特別なのじゃ! Uzは……わらわにとって、一番大切な……」


 そこまで言って、こんちゃんは涙を拭き取った。


「Uzがいないのなら、日本に帰る意味なんてないのじゃ……」


「そこまでUzと一緒にいたいなら、私たちと一緒にここで働いてみないか?」


「え?」


「トゥーリで観光案内所に常駐してくれる者を探していたんだが、良かったらどうだ。あまり様子を見に行けないかも知れないが、オンラインで対応できる。話したかったらすぐ相談に乗る」


「……」


 リーズ様が手を貸すと、こんちゃんはゆっくりと立ち上がった。


「おぬし、どうしてそんな……ただ観光ガイドをしてもらっていただけなのに。何か裏があるのではないのか?」


「問題があるのか」


「おぬしたちのほうに問題があるはずじゃ。わらわがいても迷惑になるだけなのじゃ」


「こういう勧誘でルビーも加わった。不都合はない」


「リーズさんって割と真剣過ぎますよね」


 そう言いながらも、エメットは落ちていたカメラとマイクを手に、いつも通りの笑みを浮かべている。


「そういう性分なだけだ。エメットも反対ではないだろう」


「トゥーリが暮らしやすい場所かどうかは知りませんけど、話し相手くらいにはなりますよ。暇ですし。生活費はリーズさんが工面してくれますから」


 リーズ様は一瞬、意外そうな表情になったが、小さく咳払いしただけだった。


「……本当に良いのか?」


「友人や仲間が増えることは良いことだ」


 リーズ様はグラープの一件の後でもめげていないようだった。

 私は目標にひたむきなリーズ様の様子に安心した。


「一緒にやりましょう、こんちゃんさん」


 私が手を差し伸べると、こんちゃんはその手を取った。

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