8. 吸血鬼、ピンチに陥る
覚醒してから満月を2回見た頃、エメットから話を持ち掛けられた。
エメットは屈託のない笑顔で私の前に現れた。
「ルビーさん」
「なんでしょう」
「労働しましょう」
「労……」
何故、私が働かなければならないのか。
領地を持ち、貢納を受けていたはずの、この私が。
「やんごとなき身分なんて無いんですよ! 人間の精気だって、働いて稼いだお金で買うもの! 家賃だって払ってもらってないし! 24時間365日、死ぬまで幸福に働くのが義務なんです! 幸福なのは義務なんです!」
「見たくなかった現実を突きつけてきますね」
「幸福ですか? 義務ですよ?」
「貴方のせいで不幸になってるんですが!?」
しかし、分かってはいた。
いずれこうなることは。
私は100年もの間、眠りについていた。
軽々しく100年とはいっても、それはあまりにも長い。
今では社会に復帰する喜びよりも、恐怖のほうが大きかった。
この恐怖を克服しなければ、生きていくことはできないだろう。
私の手は微かに震えていた。
本当に自分は働けるのだろうか。
「トイレ我慢してるんですか? さっきからモジモジしてますけど」
「違いますよ!」
「紛らわしいなー」
エメットは眉をひそめながら、黄金に輝く悪趣味なケースに入ったスマホを取り出す。
「それで、色々見繕ってみたんですよ。ルビーさんの仕事」
「それはご親切にどうも」
エメットは楽しそうに満面の笑みを浮かべている。
なんだか裏がある気がする。
「私の物になったとはいえ、こうして大きなお屋敷もありますし、それを活かした仕事が良いと思うんです」
つまり、物件の貸出ということだろうか。
それは不労所得というものだ。
ちょっとの我慢で、領地を持っていた頃と変わらない生活を送ることができる。
ノームの小娘の提案にしてはなかなか良いアイデアだ。
「ここって市街地とか駅から離れていて誰も来ないし、めちゃくちゃ不便ですよね。でも雰囲気だけは良いですから、ダンジョン経営なんて如何ですか?」
「なんでそうなるんですか!」
なんでそこでマンション経営じゃなくてダンジョン経営なのだ。
一文字違いだけど。
「ダンジョン造ってどうするんですか」
「探検家や冒険者を誘き寄せ、罠にかかった連中の身包みを剥いで、新しい罠を買ったりします」
「それって刻〇館……20年以上も前のゲームじゃないですか!」
「想定よりも遥かに古いほうのネタを出してきましたね」
「なんか人の反応を面白がってませんか……」
「ダンジョン経営、面白くないですか?」
「面白くないです」
「居候なのに、わがままですね。でも、ちゃんと面倒見ますから安心してください」
何食わぬ顔でエメットは答える。
親身な振りして明らかに面白がっているような気がしてきた。
「それじゃ、吸血鬼ですし、売血とかどうでしょう?」
「なんで吸った血を戻して売らなきゃならないんですか。というか、それ絶対にダメなやつでしょう」
「チューってやって、オゲェーって」
「だからダメですって。なんですか、オゲェーって。そんな血、輸血したくないでしょ」
「私だったら嫌ですね」
「じゃあなんで提案したんですか!」
「いきなり血を吐いたら面白くないですか?」
「面白いわけないです」
「……えっと、後は、そうですねー。リーズさんに聞いてみましょうか」
スルーしやがった。
というか、最初からそうして欲しい。リーズ様が私の主なのだから。
「電話無いですか?」
「無いです」
「えー! ここって田舎すぎて電波も入らないからスマホ使えないんですよね。困ったなー」
「なんか私の館をどんどん馬鹿にしてませんか」
「そんなこと無いですよ。それじゃ、仕方ないんで使い魔でリーズさんに連絡しますね」
連絡手段、魔界の時と変わらないではないか。
かくして私の仕事探しが始まった。