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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
国際金融都市トゥーリ
79/103

79. トゥーリ湖の遊覧船

 昼食の後、私たちはトゥーリ湖まで南下していった。

 湖畔にはマリーナやボートクラブ、プールが建っており、夏季には大勢で賑わう。


 折角の観光ということで、湖を周遊する遊覧船に乗る。

 クルーズ・チケットは9万レウほど。


 運営しているのは50年前に発足したトゥーリ遊覧船組合。

 トゥーリ遊覧船組合は30隻ほどの船を所有しており、船内に食堂がある船も存在する。


 上部のオープンデッキからはウェルテバウムの丘と同様にグロース大聖堂やフラウ教会の尖塔が見える。

 市の中心から離れるに従って、豊かな自然に囲まれる。


「風が気持ちいいな」


「来て良かったですね。ね、Uzさん?」


「うん。良かったです」


 Uzもしばしコメントの読み上げを止めていた。

 雄大な景色の前では、配信者も素の魔族に戻っていく。


 時折、遊覧船の傍を小型のヨットがすれ違う。

 個人所有のヨットも多く、湖の上でも賑わいは変わらない。


 遊覧船は途中で桟橋に寄り、停留してさらに乗客を乗せる。

 その中にはさきほど聖ペーテル教会で挙式していた新婚の夫婦の姿があった。


 正装の魔族たちが次々と乗り込んでくる。

 お祝いムードが船上でも続く。


「幸せそうですね! あたしたちも嬉しくなっちゃう」


「……」


 こんちゃんはUzの無言に耐えきれなくなったようで、"このまま喋らないと放送事故なのじゃ。"というカンペを見せ始めた。

 無言だったUzが大きく息を吐いた。


「そろそろ配信切って」


「え? そ、そんな急に……リスナーが……」


 Uzはこんちゃんからカメラを奪うと電源を切った。


「ま、まだ下界の探索は終わっていないのじゃ。どうしたのじゃ、Uz?」


「私、決めた。ここで暮らすよ。日本から出る」


「な、何を言って……う、嘘じゃろ? いつものリップ・サービスなのじゃ――」


「いや、ここで暮らす。こんちゃんさんは……日本に帰っていいよ」


 Uzとこんちゃんは沈黙したまま、お互いに見つめ合っていた。

 沈黙を破ったのはUzのほうだった。


「日本は、終わりだと思う。シングルフリー(独身税)法とか、エンジョイワーク(改正労働基準)法とか、ハッピーエンドライフ(安楽死)法とか。全部、若者に負担を押し付けて、後は勝手に死ねっていう法律ばかり作って。私みたいな落伍者は生きていけない」


「そ、それは時の政権と役所が悪いのじゃ! 政治家は議論しないし、役人は選挙で選べないし、とにかく問題は時間が解決してくれるのじゃ! 日本から出るほどのことじゃないのじゃ!」


「生きづらいんだよ、窮屈で。私の生き方なんて遊び呆けてる無職扱いでしょ。もういいんだ。日本のことは」


「……だ、駄目なのじゃ。嫌じゃ、嫌じゃ! わらわは嫌じゃ。一緒に日本に帰るのじゃ!」


 のじゃロリ狐巫女は人目も憚らずに地団駄を踏んだ。

 それでもUzの態度は変わらなかった。


「私は決めたから。こんちゃんさんも決めて」


 Uzの一言に、狐巫女は膝から崩れ落ちた。

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