79. トゥーリ湖の遊覧船
昼食の後、私たちはトゥーリ湖まで南下していった。
湖畔にはマリーナやボートクラブ、プールが建っており、夏季には大勢で賑わう。
折角の観光ということで、湖を周遊する遊覧船に乗る。
クルーズ・チケットは9万レウほど。
運営しているのは50年前に発足したトゥーリ遊覧船組合。
トゥーリ遊覧船組合は30隻ほどの船を所有しており、船内に食堂がある船も存在する。
上部のオープンデッキからはウェルテバウムの丘と同様にグロース大聖堂やフラウ教会の尖塔が見える。
市の中心から離れるに従って、豊かな自然に囲まれる。
「風が気持ちいいな」
「来て良かったですね。ね、Uzさん?」
「うん。良かったです」
Uzもしばしコメントの読み上げを止めていた。
雄大な景色の前では、配信者も素の魔族に戻っていく。
時折、遊覧船の傍を小型のヨットがすれ違う。
個人所有のヨットも多く、湖の上でも賑わいは変わらない。
遊覧船は途中で桟橋に寄り、停留してさらに乗客を乗せる。
その中にはさきほど聖ペーテル教会で挙式していた新婚の夫婦の姿があった。
正装の魔族たちが次々と乗り込んでくる。
お祝いムードが船上でも続く。
「幸せそうですね! あたしたちも嬉しくなっちゃう」
「……」
こんちゃんはUzの無言に耐えきれなくなったようで、"このまま喋らないと放送事故なのじゃ。"というカンペを見せ始めた。
無言だったUzが大きく息を吐いた。
「そろそろ配信切って」
「え? そ、そんな急に……リスナーが……」
Uzはこんちゃんからカメラを奪うと電源を切った。
「ま、まだ下界の探索は終わっていないのじゃ。どうしたのじゃ、Uz?」
「私、決めた。ここで暮らすよ。日本から出る」
「な、何を言って……う、嘘じゃろ? いつものリップ・サービスなのじゃ――」
「いや、ここで暮らす。こんちゃんさんは……日本に帰っていいよ」
Uzとこんちゃんは沈黙したまま、お互いに見つめ合っていた。
沈黙を破ったのはUzのほうだった。
「日本は、終わりだと思う。シングルフリー法とか、エンジョイワーク法とか、ハッピーエンドライフ法とか。全部、若者に負担を押し付けて、後は勝手に死ねっていう法律ばかり作って。私みたいな落伍者は生きていけない」
「そ、それは時の政権と役所が悪いのじゃ! 政治家は議論しないし、役人は選挙で選べないし、とにかく問題は時間が解決してくれるのじゃ! 日本から出るほどのことじゃないのじゃ!」
「生きづらいんだよ、窮屈で。私の生き方なんて遊び呆けてる無職扱いでしょ。もういいんだ。日本のことは」
「……だ、駄目なのじゃ。嫌じゃ、嫌じゃ! わらわは嫌じゃ。一緒に日本に帰るのじゃ!」
のじゃロリ狐巫女は人目も憚らずに地団駄を踏んだ。
それでもUzの態度は変わらなかった。
「私は決めたから。こんちゃんさんも決めて」
Uzの一言に、狐巫女は膝から崩れ落ちた。




