76. 世界樹の丘
現在、私たちの一挙手一投足は世界に配信されている。
やりづらいこと、この上ない。
エメットが検索したところ、Uzは日本のプロゲーミングチーム"DiToMeter"に所属するストリーマーらしい。
YouTuneのチャンネル登録者数20万以上の大人気ストリーマーだという。
Towitterでの彼女のツイートはほとんどが配信の告知で、時折、こんちゃんが撮影したランチの写真がアップされている。
きっとランチは洒落たカフェご飯なのかと思ったら、スナック菓子の"じゃがりご"や"ボッキー"といったおよそランチとは言えないものがテーブルの上に並んでいた。
何故、彼女が人気なのかは分かったような気がする。
彼女はある種の敗北者、引きこもりゲーマーの代表選手なのだ。
「"今日の配信予定は?" 特に決めてません。観光ガイドさんに任せます」
Uzがそう言うと、こんちゃんが私たちにカメラを向ける。
任せてほしくない。
こんちゃんがカメラに映らない位置で、尻尾を使ってスケッチブックに何か書いている。
"観光名所に連れて行ってほしいのじゃ。"
カメラにマイクにカンペと忙しいが、こんちゃんは笑みを崩していない。
一方で映されている側のUzは猫らしく、かなり眠そうだった。
「それでは、まずはここからすぐ北にあるウェルテバウムの丘に行きましょう」
鞄から取り出したミュスター観光騎士団の小旗を掲げて、私はUzとこんちゃんを先導した。
表通りに戻って北にある坂道を登っていく。
細い坂道でも人通りは多い。
ウェルテバウムは世界樹のことで、つまり世界樹の丘だ。
トゥーリ市民の憩いの場であり、そして観光スポットでもある。
石壁の間にある階段を登ると、広々とした丘の上の至るところで世界樹が茂っている。
少し東に歩いた場所には泉があり、昔、魔王と戦ったという聖女のブロンズ像が泉を見下ろしていた。
人間の聖女は、はためく戦旗を掲げている。
彼女の勇姿を背に、観光客たちは写真を撮っていく。
「"聖女って何したの?" 知りません。ちょっと聞いてみます。すいません、聖女って何したんですか?」
「魔王と戦ったんです。800年前ですかね。勇者が出てくる600年くらい前に魔王と戦い、そして敗れたそうです。その勇姿を称えて、この丘に像を建てたんです」
「へー。そんな昔なんですね。"負けた聖女とか間違いなく〇〇だろ。" とりあえず10分間ブロック。失せろ」
Uzは適当に相槌を打って流していく。
観光スポットにも暴言にも全く興味が無さそうだった。
丘からは市内が一望できる。
南にあるトゥーリ湖とそこに流れ込むリャマ河からの高さは30mほどで、7階建て相当の高さだ。
リャマ河を挟んで南東にはグロース大聖堂。
正面には特徴的な2本の尖塔が建ち並ぶ。
ここは1000年近く前から建造され始め、100年近くかけて完成した。
魔王カレル大帝を称えて、彼の石像が地下に収められている。
「丘の西には、2.5m四方の石のチェス盤が置いてあるんですよ」
「それって遊べるんですか?」
「チェストの中に駒もありますから。遊んでみますか?」
ゲーマーらしく、こういう時だけ食いつきはいい。
「容姿端麗、頭脳明晰、オートチェスキングの実力、見せちゃおっかなー」
Uzの自信満々の発言に、コメントの流れが加速する。
オートチェスキングが如何ほどかは知らないが、1人チェスで鍛えた私の腕を見せる時が来たようだ。




