75. 配信スタート
この2名は一体どういう関係なのか。
かなり気になるが、そこまで踏み込む勇気はない。
「お二方はどういう関係で? 偽名をお使いのようですが、密入国者か何かなんですか?」
こういう時にエメットの無遠慮な態度が羨ましくなる。
だが偽名でも密入国でもなく、恐らく芸名だ。
「えっと、ハンドルネームです。私たちは広告業で、彼女は……マネージャー」
Uzと呼ばれた猫の獣人が答えた。
「Uzは日本で活動してるゲーム・ストリーマーなのじゃ。視聴者1万人の大人気チャンネルなのじゃ」
「こんちゃんさん、それは言わなくていいじゃん」
「これから皆に知られるのじゃ。それは、今日か明日か。遅いか早いかしか違いはないのじゃ」
幼女体型の狐巫女こんちゃんの予言者めいた言葉に、Uzは満更でもない表情を浮かべた。
調子の良いものだ。
「そして、今日はエルヴェツィア共和国で活動するための、記念すべき第一歩なのじゃ。下界を知るには良い日和なのじゃ」
ここが下界かは分からないが、観光地であることは間違いない。
観光ガイドとしてならば、私たちにも手助けできることがあるだろう。
「それじゃ、カメラを回すのじゃ」
「は?」
何言ってるんだ、この、のじゃロリ狐巫女は。
やめてくれ。
「もう配信されているのじゃ。さあ、スマイル、スマイルなのじゃ」
そう言いながら、こんちゃんはカメラとマイクを向けてくる。
逃げ道はない。
「冗談じゃありませんよ……」
「イェーイ! イェーイ! イェーイ! イェーーーイ! イェ……ごほごほっ!」
乗っけから完全にアッパーなハイテンションのエメットの姿が、今まさに全世界に向けて発信されているのだろう。
残念だが、これは放送事故なのではないか。
「……えっと、今日はゲームじゃなくて、外配信です。日本は朝だと思いますが……朝からよろしくお願いします」
Uzがダウナーなテンションで喋り始める。
引きこもってゲーム配信をしているストリーマー特有の、外気に触れた途端に弱る性格らしい。
こんちゃんは器用にカメラとマイクを構えながら、Uzに自分のスマホを渡す。
スマホの画面には視聴者からのコメントが滝のように流れている。
「"傍にいるのは誰? 危なくない?" 観光ガイドの方です。ストリート・パフォーマーではないです。頭のおかしい方でもないです。今日は外だから、ちょっとは弁えてくれリスナーたち。
"猿の脳みそ"さん、ハイパーチャット1000円ありがとうございます。"今朝何食べた?" 砂糖がかかったワッフルと砂糖がかかったパンケーキですね。ゲロ甘」
ろくでもないコメントにろくでもないハンドルネームが並ぶ。
画面の向こうにいる奴の顔が見たい。
「"吸血鬼初めて見た。" 吸血鬼? あれ? 本当に? すいません、初めて見たもので……」
Uzがいかにも興味深そうに私のほうを見ると、こんちゃんがカメラを私に向ける。
やめてくれ。
「"吸血鬼って昼間に起きてていいの?" 知らないです。多分、大丈夫なんだと思います。
"象のフン"さん、ハイパーチャット100円ありがとうございます。"血吸ってもらえ。" 多分、無理だと思います」
このまま、この世の終わりみたいな配信が続くのか。
私は絶望した。




