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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
最大の古城グラープ城の隠しダンジョン
72/103

72. コッペリア

「さて、いい時間だし、そろそろ帰ろう」


 ダンジョン内で狂ってしまった腕時計の針を直しながら、リーズ様は小さく呟いた。


「リーズさん。今日のうちにお土産、買いましょうよ!」


「そうだな」


「どこ行きます?」


「どこでもいい」


「ノリが悪いですねー! 1人で行っちゃいますよ?」


 エメットは魔法で操るマリオネットが並ぶ人形店へと入っていった。

 自律するマリオネットによる人形劇は古くから続くグラープで人気があり、そこに登場するマリオネットは名産品の一つである。


「リーズ様、行きましょう」


「そうだな」


 リーズ様は上の空で答えた。

 私はリーズ様の手を取り、人形店へと入っていった。


 店頭ではマリオネットたちがステップを踏み、まるで生きているかのように動き回っている。

 その中で、一際目立つ位置にかつての国王ヴェンゼスラス1世と君側のマリオネットたちがいた。


 国王はカラフルな道化とともに、屈み込んだ総主教の周りを飛び跳ねている。

 身分を隠した国王が、領民を困らせていた総主教を懲らしめるという内容の劇を演じているようだった。


『こうして、国王の力で総主教は心を改め、グラープに平和が戻りました。めでたし、めでたし』


「……」


 劇の終わりまで、リーズ様はマリオネットたちの前に立ち尽くしていた。

 結局、人形を購入することなく、私たちは店を出た。


 グラープ城のダンジョンから抜けた後から、リーズ様は元気がなかった。

 ジョーカーの言葉が、ロシルの裏切りが、リーズ様の心に影を落としたことは明白だ。


 民宿に戻り、一息ついたところで私はリーズ様に声をかけた。


「リーズ様、今日はお疲れ様でした」


「あぁ。大変な一日だったな」


「リーズ様は……ロシルのことを気になさっているのでしょう?」


「私は、騙されていた。いや、自分を騙していた」


 リーズ様はソファから立ち上がり、窓の外に広がる夜空を眺めた。


「長く生きている魔族の中には、以前の君と同じように現代の状況が分かっていない者もいる。彼らはかつての常識で今も生きている。どうしても、過酷な世界で生きなければならなかった。それは悪いことじゃない。ただ……」


「ただ?」


「ただ、その断絶を、私は勝手に踏み越えてしまっていた気がする。君だって、戦いが得意なんだから、軍隊とか特殊部隊とか他の道もあったと思うんだ。そういうのを無視して、単なる自己満足で、自分たちの都合を押し付けていいのだろうか」


「そんなことはありません。もちろん現代に適応できない魔族もいるかも知れません。ですが、ただ見放すよりも、彼らを受け入れることのほうが大事だと思います。私だって、リーズ様のおかげでここまで来られたんです」


「私は……ルビー、君のことも、ただ自分のために利用してきたのかも知れないんだ。それでもいいのか」


「最初に私が望んだことです」


「それは……」


「リーズ様は私を暗闇の中から救い出してくれました。それで十分です。だから、私はリーズ様に尽くしたいんです」


 私が微笑むと、リーズ様は力なく笑みを返した。


「君はもう、私に尽くすなんて言わなくていい。私は君を利用したくない」


 リーズ様はソファに座っていた私に駆け寄り、膝をついて私の胸に抱きついた。

 何も言えず、私もリーズ様を抱きしめた。


 リーズ様の小さな呼吸が私の胸に伝わってくる。

 リーズ様の背中は思っていたよりも薄かった。


 私は思い上がっていたのかも知れない。

 忠誠心などと言って、本当の気持ちに嘘をついて、彼女を騙していたのは私のほうだ。


「リーズ様、それでも私は貴方が好――」


「シャワー空きましたよ!」


「え? あ、は、はい!」


 浴室から響いてきたエメットの声を聞き、私たちはお互いから離れた。

 こんな状況をエメットに(からか)われたら堪らない。


 夜は更けていき、月の光だけがすべての者に平等に降り注ぐ。

 世界遺産グラープの旅は静かに終わった。

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