70. エンプーサの総主教 ロシル
「あっはっはっはっは! 見ものだったわ。よくも狂った悪魔相手に、あんな啖呵が切れたものね」
ロシルは笑いながら両手を開き、洞窟の天井を仰いだ。
その態度は先ほどまでの狼狽えた様子とはまるで違う。
「君は誰……いや、何なんだ?」
リーズ様の問いに、ロシルは答えなかった。
冷めた笑みを湛えたまま、私たちを睥睨している。
「リーズ様。エンプーサは自在に姿を変える。ロシルは自身の影をも別の姿に変えて、ジョーカーに成りすましていたんですよ」
「ご明察の通り。たまたま今回の私はロシルであり、ジョーカーでもあった。それだけのこと」
私の指摘にもロシルは全く動じていない。
彼女はここが自分の領域であることに自信を持っている。
「全部、嘘だったのか」
「相手を騙すには虚実を織り交ぜるのがセオリーよ。嘘ばかりでは騙していることが明らかでしょう? 50/50がベストなの。でも、貴方のように純真な魔族を騙すのは心が痛むわ」
「君は私を弄んでいたわけだな。つまり、それも嘘か」
リーズ様の拳が小さく震えている。
「さて、どちらかしら? たとえ見知った相手でも、言葉には気をつけないと」
「彼女の態度は演技には見えませんでした」
シオバラの言葉に、ロシルはわずかに眉を上げた。
「私は外には帰らない。勇者が再びグラープに攻め入るか、魔王が復活するまではね。その時が来るまで、私はここにいなければならないの」
「それが不本意であっても、君はそれを選ぶんだな」
リーズ様はフルーレを鞘に収め、ロシルを見つめた。
「誤解を恐れずに言うなら、私たちが勇者から逃げたことは事実で、籠もっているうちに仲間を失って、封印されたのは一種の懲罰で、そして許しを請える日を待ち続けている。そんなところかしら?」
「2つは本当で、2つは嘘か」
「さっきの言葉を簡単に信じている時点で、貴方は私の嘘を見破れない」
ロシルはため息交じりに言った。
「ゲームはおしまい。人間を連れて出ていきなさいな」
「取材の最中に嘘つきは山程見てきたが、あんたが一番だよ。助けてもらっておいてなんだが、とんだ食わせ者だ」
イセザキは憤慨して洞窟の奥へと歩みを進めた。
エメットも彼に続く。
「吸血鬼さん、貴方には忠告しておくことがあるわ」
「何ですか」
「フェノスカーディナ公爵領の公都コブマンハウンに行って。そして、エルフの碩学ヨルゲンを探しなさい」
「どういうことですか?」
「貴方が知りたいことを知ることになる」
ロシルは穏やかに言った。
「魔王の器に選ばれていたことを、貴方自身は知らなかった。何も知らされないまま。それではあまりにも可哀相だから」
「その言葉は本当ですか」
「冥土の土産かも知れないわね?」
ロシルは意味深な笑みを浮かべながら、出口へ向かう私たちを見送っていた。
その顔には寂しさが垣間見えた。




