68. 出口
私たちの目前に迫ったジョーカーは両手に呪鈴を構えた。
そして、そのまま高速で火炎魔法を詠唱する。
「【MAHALITO】!」
視界を覆い尽くす火炎の壁が立ちはだかり、そのまま私たちへと向かってくる。
「【MAZALIK】!」
イセザキの杖から放たれた水流が波のようにうねり、火炎の壁を直撃する。
轟音とともに蒸気が吹き上がり、2つの魔法は相殺された。
「おやおや、おやおや? 反撃するってことは戦意が無いわけじゃないよな~? 愚かな人間よ~?」
ジョーカーは地面に降り立つと、呪鈴を振りながら挑発するかのようにダンスを踊った。
次に何を仕掛けてくるのか、まるで予想できない。
「こんな奴、話にならない! どうにかしてくれ!」
イセザキが魔力酔いで頭を抱えながら叫んだ。
それは分かってはいるが、強力な魔法に対抗する術はない。
こうなれば上手く交渉するしかない。
「待ってください! 貴方は魔王の器である私に逆らうつもりですか?」
「あ?」
「もし魔王が復活する時に、魔王の器が損なわれていれば、魔王は完全には復活できなくなる。そうなれば貴方のせいですよ。違いますか」
「ほお~~~。そこに気付くとは天才か?」
ジョーカーは薄気味悪い笑みを浮かべたまま呪鈴を掲げ、そして袖の下にしまい込んだ。
魔王の器である私を傷付けることは避けたいようだ。
「私たちはここから出たいだけなんです。出口を見つけたら、出ていきます」
「それは無理だな! 一体どこに出口があるのか、誰にも分かりゃしねえ」
「どういう意味ですか」
「そのまんまだよ~~~ん。俺だって好きでここにいるわけじゃない! 何しろ出口がどこだか見当もつかないんだからな! 要するにだ。お前の身体で魔王が大復活して、外から魔法で解放されるまで、ここでゆっくりしていけや? な?」
「そんな……」
「嘘ですよね」
シオバラが一歩前に出て言った。
「はい~~~?」
道化はわざとらしく耳に手を当てて首を傾けた。
「貴方は人間を返り討ちにすると言っていました。それなら、どこかで待ち伏せするのが普通です。しかし、このダンジョンは面積が広く、魔物もいるため待ち伏せが有効な場所は殆どありません。ですが、唯一の例外があります」
シオバラはジョーカーを指差して言い放った。
「出口です。ここが出口なんです。貴方がわざわざこんな場所にいることこそ、その証拠でしょう」
「……。ほほぉ! 素晴らしい推理だな! 大、正、解! 褒めてやるよ! 実にグッド!」
図星を突かれたジョーカーは拍手しながら苦笑いを浮かべた。
そして、暗黒で満たされた姿見を顎で示した。
「この鏡は外に通じている。通り抜ければグラープ城の下水道に出られるってわけだ! 外で誰が待っているかはお楽しみだけどな?」
「それも嘘ですね」
「うっ!」
「鏡が放置されていたなら、誰かが見つけているはずでしょう。それが突然現れたのであれば、単なる罠です」
「冴えてるじゃねえか。素人じゃねえな! ……出口はこの洞窟の上だ! 正直に喋ったからいいだろ?」
ジョーカーは口元を歪めながら、なんとか笑みを保っていた。
シオバラは海外で取材してきているだけあって、偽の情報には敏感なのかも知れない。
「それじゃ、私たちは出ていきます。通してください」
「待て待て待て、慌てるな慌てるな!」
ジョーカーは指を鳴らして手元に一輪の薔薇を出現させると、その薔薇をロシルに向かって放った。
ロシルは薔薇がぶつかる直前で、それを握り潰した。
「裏切り者は駄目駄目駄目駄目、駄目だァ! グラープの市民を、グラープの街を、グラープの誇りを捨てて、我が身可愛さにダンジョンに逃れ、恐れ多くも魔王に協力せず、こそこそ隠れていたクズに情けはかけられねえ!」
ジョーカーの言葉に、ロシルはただ項垂れるだけだった。
「出ようとは思っていなかったわ……最初から……。彼らを出口に送り届けて……また墓を見守るつもりだったから……」
「そうだ。そうしろ。お前にはそれしか道はねえ」
「違う!」
その時、リーズ様が叫んだ。




