65. 姿見
態勢は整った。
しかし、安全に出口に入れるかどうかは依然としてわからない。
こういうダンジョンには出口を護る魔物がいることが多い。
もし戦闘になった場合、この即席スクワッドがどこまで通用するのか。
魔法使いがいるとはいえ、戦うことは賢明ではない。
前衛と後衛のバランスは良くなったかも知れないが、相変わらず防具がないので全滅の危険はある。
私たちは海上を浮遊して歩いていった。
波があっても、それに応じて身体が上下する。
こうした状況で、船酔いと同じように波酔いする者もいる。
昔の船乗りたちは波酔いする冒険者を軟弱者だと嘲笑っていた。
「魔力酔いと波酔いのコンボで死ぬほど辛い」
「しっかりしてください、伊勢佐木さん。もうすぐ目的地ですから」
「酔い止めが無かったら即死だった」
肝心の魔法使いがこれでは先が思いやられる。
やはり戦闘は避けるべきだろう。
やがて海の中から飛び出した岩壁が目前に迫ってきた。
波によって側面が削り取られ、上部が張り出しているように見えるためか圧迫感がある。
「どうにか上に登れないだろうか」
私たちは巨岩の波打ち際を歩いていき、陸地とは反対側に回り込んだ。
すると、そこにはまるで鯨が口を開けたような入り口があった。
「そのまま洞窟に食べられそうですね」
「エメットさん、入る前にそういうこと言わないでください」
「既にこのダンジョンに取って喰われているようなものだけどね」
「まずは灯りを……【EROAD】」
ロシルの魔本のページが発光し、光球が現れた。
光は頼りなく揺れ動きながら洞窟の中を照らし出す。
洞窟の中は浅瀬になっており、その先には岩肌が露出した陸があった。
まるで人工物のようだった。
私たちはそのまま洞窟の中へと入っていった。
静まり返った洞窟に私たちの足音だけが響く。
「何かありますね」
「姿見……か?」
場違いなことに、目の前の岩に姿見が置かれていた。
細かな彫刻が掘られている縁に入れられた鏡は錆もなく、周囲の風景をくっきりと映し出している。
「呪いの鏡かも。見たら中に吸い込まれるとか」
「ダンジョンの外に排出されるんじゃないか」
「ロシルさん、何かご存知ですか」
ロシルは首を横に振った。
「前にここまで到達した者もいたけど、鏡のことは言ってなかった……」
それは本当だろうか。
これだけ目立つものを見つければ話さないわけがないと思うが。
それとも、この鏡は後から出現したものなのかも知れない。
城の封印が解かれたように、鏡も何かの合図だとしたら。
「いずれにしても……魔法をかけてみないことには分からないわ……」
ロシルが足を引きずりながら前に出た。
そして魔本を構える。
「【PENDEACOT】」
耳慣れない錬金術師の魔法が響き、あたりに木霊する。
その時、魔法を浴びた鏡が小さく揺れ、その鏡面にひびが入り始めた。




