63. 蘇生
「血が足りないわね……」
死体を蘇らせるには十分な血肉が必要不可欠だった。
死体の傍には、毛が焼け、頭が陥没した魔狼の死骸があった。
「これ、エメットさんが?」
「違いますよ。あたしがここに来た時には、イセザキさんが死体になってました」
「反撃したんですが、あまりに数が多かったもので。二人とも斃れるわけにも行かず、僕だけ一旦、避難したんです。そこにエメットさんが突然、現れたので……まさかとは思いましたが」
ということは、イセザキとシオバラの2人が魔狼を殺したのか。
魔物を相手に戦うなんて、只者ではないのかも知れない。
「魔狼から血を取るわ……」
死んだ魔狼から血を抜き、ロシルは蘇生の準備を整えた。
「【REZEFADE】……」
魔本から生命の息吹を包み込んだ光が浮かび上がり、死体の中へと吸い込まれていった。
魔法は傷を癒やし、そして身体の持ち主を死の淵から引き上げる。
イセザキは無事に息を吹き返した。
辺りを見回し、そして私たちを見て目を見開いた。
「君たち、どうしてこんなところに……いや、どうやってここに?」
「内覧会の最中に部屋の壁に触ったら、ここまで飛ばされてしまったんです。まさか、イセザキさんたちも?」
「そうなんだよ。まさかこんな場所に出るなんて思ってなくてね」
イセザキは壊れた眼鏡を鞄にしまい、リーズ様の手を借りて立ち上がった。
「あたしが探し出してなかったら、きっと死んだままでしたよ! 良かったですね!」
エメットは私たちの心配をよそに、満面の笑みを浮かべている。
元はと言えばエメットを助けようと思っていたのだが、結果的には良かったのだろう。
「伊勢佐木さんが探りたがるから、こんなことになったんですよ。彼女たちがいなかったら、どうなっていたことか」
シオバラが溜息をつくと、イセザキは肩を落とした。
「悪かったよ、塩原君。それにしても本当に助かった。ありがとう。なんとお礼を言ったらいいやら」
「それは、こちらのロシルさんに言ってあげてください。彼女が魔法で蘇らせたんです」
「ありがとう、ロシルさん。どうもはじめまして」
イセザキとシオバラは頭を下げながら、反射的に名刺を取り出している。
ロシルは怖ず怖ずと名刺を受け取ったが、友好的な2人の人間に対して疑問を抱いていることは間違いなかった
「どうして人間が……?」
「それは説明すると長いんですが、魔族と人間は和解したんです。魔族も人間も対等な関係になったんですよ」
「そうなの……?」
ロシルは驚きのあまり呆けた表情を浮かべた。
言葉では簡単に言っても、それを受け入れるには私も時間が必要だった。
「ここでの時間はまるで悠久のように長かった。それでも、外の世界も変わったのね……」
「ロシルさん……」
「込み入ったこともあるだろうけど、早くここから出よう。また死体にされたら困るからな」
イセザキは血を抜かれた魔狼を見下ろし、不快感を露わにしている。
「ロシル。君も来ないか」
リーズ様が呼びかけると、ロシルは自分の肩を抱いて身を屈めた。
ロシルは小さく震えている。
「まずは、出口まで向かう……。貴方たちは帰るんでしょ?」
ロシルは拾った枝で地面に魔法陣を描き始めた。
「【TIOMENTE】……」
生贄となった魔狼の死骸が溶け、魔法陣の中心に時空を越える穴が開いた。




