61. 錬金術師の魔法
エメットを探し出すためには、まだロシルを頼る必要があった。
「ロシルさん。このダンジョンにいる探索者を調べてもらえませんか」
「いいわ……。魔本があちこち破れているから、どうなるか分からないけれど……」
長衣の袖から黒い装丁の魔本を取り出し、ロシルは詠唱を始めた。
それは洗練されたノームの魔法体系だった。
「【ZONPERI】……」
砂の上を見えない魔法の指がなぞり、森や海を示す線を描き始めた。
見る見るうちに地図が出来上がり、そして森林を示す領域の中に十字架の印が浮かび上がった。
「死んでる」
「そんな……」
死体となって、エメットは私たちを待っているのかも知れない。
とにかく死体を調べに行かなければ。
「お願いです、ロシルさん。きっとそこにエメットさんが、仲間がいるんです! 貴方の力を貸してください!」
私はロシルの手を握って懇願した。
ロシルは肩を落として溜息をついた。
しかし、その表情は会ったばかりの時よりも少し明るくなったようだった。
「最早、神は私を見捨てたと……思っていた。だけれど何かの縁……。探して、蘇らせればいいのね、貴方たちの仲間を……」
「ありがとう!」
私たちはロシルを支えながら、地図が示す印に向かって歩き始めた。
少なくとも、これでエメットを助けることができるはずだった。
森林に入ると、すぐに魔物の瘴気が漂っていることに気付いた。
自然と足取りが重くなり、息遣いも小さくなる。
森の中に開けた場所があった。
崩れた石壁の近くに木で組まれた墓標が立ててある。
「人間も魔族も皆、死んだわ……飢餓と寿命でね……。私は波に流されないように、彼らを森に埋めた。それしかできなかったの……」
途切れ途切れにロシルは呟く。
その一言一言が懺悔のようだった。
「君は1人で耐えてきたんだな」
「そうなのかも知れないわね……」
「ここに留まっていていいのか」
「他に道が無いから……」
話しながら、私たちは森の奥へと進んでいった。
魔物の瘴気は次第に強くなっているようだ。
「このまま先に進むのか」
「魔物がいれば、押し通るしかない……」
「強気だな」
「そうでもしないと森の中まで入って、遺体を埋めることなんて、できないでしょ……」
ロシルは皮肉っぽく笑みを浮かべて言った。
そして茂みの向こうに顔を向けた。
ロシルは魔本のページを開き、気を溜め始める。
彼女にしか見えない何かがいる。
「【LAROID】!」
それは錬金術師の魔法だった。
魔法使いでも聖職者でもない、一部の選ばれし探求者のみが習得する魔法。
魔本から放たれた雷撃の鞭が木々の枝を薙ぎ倒し、茂みの中にいた魔物を直撃した。
茂みが揺れ、魔物が次々に姿を現す。
魔狼の群れが、舌をだらんと垂らして痺れに震えている。
すべての敵を麻痺させ、無力化できたようだ。
「まだ来るわ……」
茂みをかき分けて現れたのは、巨大な岩のゴーレムだった。




