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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
最大の古城グラープ城の隠しダンジョン
58/103

58. 一方通行

「けっこう待たされましたね!」


 私たちの見学の番が回って来たのは10分程度経った頃だった。

 そこまで待っていないと思ったが、レセプションが目的と化しているエメットには耐え難い時間だったようだ。


 既に見学が終わった参加者は城の北側にある庭園へと移動している。

 レセプションは屋外で行われる。


「いよいよか。楽しみだな」


 リーズ様は期待のあまり身震いしていた。

 私も吸血鬼ではなく騎士だったら、リーズ様の心をもっと早く掴めたのかも知れない。


 私たちは他の見学者とともに階段を登っていく。

 新たに公開されたは旧王宮の3階部分に位置していた。


 かつて、この3階の執務室では、人間たちが改革派教会への弾圧に反抗し、魔族の代官を突き落としたという窓があった。

 当時の魔王は反乱を危惧してチェーヒ王国に軍を派兵、その後30年に及ぶ戦争が勃発した。


 窓から突き落とされた魔族の代官たちは、それぞれ空を飛んだり落下防止の魔法で助かったらしいが、真実は不明だ。

 いずれにしても、ここが大事件の発端になったことは間違いない。


「こちらの部屋です」


 古めかしい扉の前で、糊のきいたスーツに身を包んだ学芸員が見学者を促す。

 封印が施されていたという噂を物語るように、扉には傷一つない。


 小ぢんまりとした部屋には、魔王の肖像画や紋章を描いた円盾が掛かっている。

 部屋の中央にはヴェンゼスラスの呪鈴の、恐らくレプリカが展示されていた。


「やはり、歴史を感じる部屋だな」


 早速スマホのカメラを構えながらリーズ様が言った。


「流石にルビーさんの館とは違う風格がありますね」


 そこで比較する対象にしないでほしい。

 田舎の領主館と、かつての王都では規模が違いすぎる。


 エメットは既に見学に飽きているようで、部屋の壁に寄りかかろうとしていた。

 そうやって勝手にべたべた触っていいのか。


「こういう壁って、なんか仕掛けがあったりするんですよね。こんな風に小突くと――」


 次の瞬間、壁が粘土のように歪み、エメットを飲み込んだ。


「ちょ、ちょっと!」


「どうした」


「エメットさんが壁に……!」


 私とリーズ様は焦ってエメットが消えた壁に手をついてしまった。

 エメットが消えたように、私たちも壁の中へと塗り込まれた。


「何だ、これは……」


 壁の中とは思えない奇妙な広い空間の中で、身体が宙に浮かぶ感覚に襲われる。

 頭上がどこだかわからなくなり、次第に落下していく。


「きっとダンジョンへの入り口です」


「そんな馬鹿な」


 思い切り尻もちをついて、私とリーズ様は地面に落ちた。

 そこは白い砂浜で、一面に海岸が広がっていた。


「どういうことだ、これは」


「古代魔法で造られたダンジョンです。基底構造を無視した、強力な魔法……」


「そんな……。エメットはどこだ」


 私たちは周囲を見回したが、エメットはいなかった。

 どこか別の場所に飛ばされたのかも知れない。


 私たちは呆然としながらも、エメットを探して砂浜を歩き始めた。

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