57. ヴラジスロウ・ホール
ヴォールトを組み合わせたアーチ型の天井。
13mにも及ぶ高さから吊り下げられた巨大なシャンデリア。
ヴラジスロウ・ホールは来場者で満員だった。
この観衆に加われたのは本当に幸運だったといえる。
「これまで未公開だった旧王宮の部屋を、独立記念日から一般公開する予定です。それに先立ち、この内覧会で皆様にご覧頂きます」
グラープ市長の挨拶に拍手が沸き起こる。
数人のグループに分かれて、公開される部屋と、新たに展示されるヴェンゼスラスの呪鈴などの見学が始まった。
「未公開だった部屋、封印されていた部屋だったそうだ」
イセザキがメモを取りながら言った。
「それが、突然、開くようになっていた。最初に気付いたのは清掃夫で、中には奇妙な冷気が立ち込めていたとか。その後、市長、総主教、大聖堂参事会代表、市議会議長、副議長、中央チェーヒ州知事、副知事といったお歴々が集まって、ヴェンゼスラスの王冠の保管庫と同じように7本の鍵を使って厳重に閉鎖した」
「本当ですか?」
「まさか。でも、こういう噂や伝説が好きな人たちもいる」
イセザキは縁無し眼鏡を押し上げた。
「部屋にはヴェンゼスラスが持っていたという、宝石があしらわれた呪鈴が転がっていた。それを鳴らした清掃夫は、まるで人が変わったように気高い態度をとるようになった。まるで、かつての国王の霊が乗り移ったかのように」
確かに噂好きの者たちが好みそうな話だ。
例えば、ヴェンゼスラスの王冠は王位簒奪者が被ったら、その者は1年以内に死ぬという伝説があった。
魔族に挑んだ勇者もグラープを攻めた時に、勝利に酔った挙げ句にヴェンゼスラスの王冠を被ったから、後に敗れたのだとも言われる。
グラープ市民はヴェンゼスラスを英雄視し、彼にまつわる伝説の大半を真実だと信じている。
それはチェーヒ王国の歴史への誇りだった。
彼らは今もエルヴェツィア共和国の中に、彼らの心にチェーヒ王国という拠り所を持っている。
ヴェンゼスラスの王冠は王笏や宝玉とともに旧王宮に展示されていたが、普段はレプリカで、独立記念日や州知事の選出など重要な催事の時だけしか、本物は展示されない。
恐らく今回見つかったヴェンゼスラスの呪鈴も一般にはレプリカが展示されるのだろう。
「伊勢佐木さん、僕たちの番ですよ」
「おっと、それじゃ一足先に失礼。塩原君、いい写真を期待してるよ」
イセザキとシオバラは他の魔族とともに見学者の列に加わった。
2人にとって、この会場ははまさに重要な仕事場だった。
「騎士の王の霊が乗り移る呪鈴。とても興味深いな」
リーズ様はまるで子供のように目を輝かせている。
リーズ様も伝説を、特に騎士が絡むものを好むタイプのようだった。




