54. グラープ歴史地区
ミュスターから北北東に250km、車で4時間以上。
エルヴェツィア共和国の中央に、かつての魔王が王宮を置いた都邑グラープはあった。
かつては温暖だったが、地球の気候区分では亜寒帯に近い。
標高が高くても気温の変化が少ないミュスターよりも、グラープの冬は寒い。
「この世の終わりみたいな遠さですね」
レンタカーの中で、エメットがインターチェンジで買ったアメリカンドッグを頬張りながら言う。
「折角もらったチケットだし、無駄にするのも悪いだろう」
「まぁ、無料ですからね。内覧会のパーティでどれだけ元が取れるかが勝負ですよ」
エメット、貴方は誰と勝負しているんだ。
魔物が館に現れてから数日。
あれから魔物が現れる様子もなかったので、私たちはスタニスワフの言っていた内覧会への出席を決めた。
もらったチケットにはグラープでの内覧会の案内が書かれていた。
市内にあるグラープ城で、未公開だった遺構が内覧会を経て公開される予定だ。
私たちは移動時間を考えて、現地に前日入りすることに決めていた。
今日は時間に余裕があるので、市内を見ていくつもりだった。
グラープは1区から22区までの区域に分かれている。
観光名所は旧市街の中央、1区に集中しており、半径約2kmの範囲全体が世界遺産に登録されている。
1区は市内を南北に横断するルヴバタ川を境に東西に分かれる。
市と川の中心にはグラープ最古のカルロヴァ橋が架かっていた。
「予約している民宿は街の中心から少し南東に行った場所ですね」
「民宿から歩いてすぐバス停、地下鉄、それにスーパーマーケット、キヨスクもあるし、言うことなしだ」
やはり都会の観光地は違う。
なんでも揃っていて素晴らしい。
民宿の料金は3名2泊3日で300万レウ。
朝食付き。
「リーズ様、運転お疲れ様でした」
「長距離運転にも慣れてきたな」
キヨスクで地下鉄、バス、路面電車の共通フリーパスを買っておく。
元は取れないだろうが、期限切れで買い直すのも面倒なので3日フリーパスを購入した。
市内までは路面電車で15分弱ほどだ。
民宿に車と荷物を置いて、私たちはグラープの街に散策しにいくことにした。
白地に赤い帯が入った路面電車は市内を縦横無尽に走っている。
路面電車で揺られていると、金と赤で縁取られたバッジを付けた2人組が乗り込んできた。
「乗車券を」
交通局の検札官だった。
「ルビーさんも出して」
やましいことも無いので、素直に乗車券を見せる。
「はい」
「この乗車券、検札してないね」
「え?」
私は検札に引っかかった。
「そ、そんなわけないです。改札機に通しました」
「もしかして反対に入れてない? こっちの矢印の方向に入れないと」
「あ」
「そういえば、ルビーは電車、初めてだったな……」
ケアレスミスでも検札官は許してはくれない。
早くも罰金38万レウを支払い、私たちのグラープでの旅は始まった。




