51. 真相
見慣れない魔物が山を下って集落に現れれば大変なことになる。
アルヴィは急いで車を走らせた。
カーブを曲がる度に、バックミラーにぶら下がる兎の人形が左右に揺れる。
リーズ様よりもさらに荒い運転だった。
観光案内所に辿り着く時には三半規管がおかしくなっていた。
ふらふらになりながらも扉を開く。
中ではエメットが漫画を読みながら待っていた。
「あ、おかえりなさい。なんか焦ってるみたいですけど、何かありましたか」
「私の館に魔物が出て……」
「魔物? 嘘でしょう。この辺に魔物なんて二角獣しか出ませんよ」
エメットはまるで興味なしといった態度で漫画越しに言った。
「こちらには下りてきていないようだし、しばらく様子見するしかなさそうだね」
アルヴィは待合スペースの椅子に座り、スマホをいじり始めた。
「安心はできませんが、仕方ないですね」
そんなことを言っているうちに、私たちの後ろで扉が開いた。
「今、戻ったぞ――」
中に入ってきたリーズ様の声が途切れる。
リーズ様はアルヴィを見つけて目を見開いた。
「やぁ、リーズ。会いたかったよ」
アルヴィが顔を上げ、口元に笑みを浮かべる。
親しみのこもった言葉に、私は胃が痛くなる思いだった。
「リーズ様! あの、リーズ様にまさか彼氏がいらっしゃると、私、知らなくて……今まで、無遠慮なことを……」
私は思いをうまく言葉に出せず、しどろもどろになりながら言った。
私は何をやっているんだろう。
リーズ様ほどの美貌であれば、それに釣り合う男がいて当然ではないか。
しかし、叶わぬ夢であっても、叶わぬからこそ、リーズ様に認めてもらいたかった。
「兄上……」
リーズ様が呟いた。
兄?
「兄上、ルビーに自己紹介したのか?」
「いや、忘れてた」
「エメットは?」
「漫画読んでました。気付かなかったです」
「全く、これだから」
リーズ様は呆れたように頭をかいた。
「紹介が遅れて申し訳ない。兄のアルヴィだ」
「兄……」
ということは、彼氏ではない。
私は脱力した。
「リーズの友達が増えたって聞いて、どんな感じか知りたくてね。可愛い妹に悪い虫がついたら困るだろう?」
「ルビー、兄上から何かされなかったか」
「それは秘密、だよね?」
アルヴィは私に流し目を送りながら、くすくすと笑った。
「それより、領主館に魔物が出たんだ」
「なんだって」
「気をつけたほうがいい。窓も壊されちゃったし、修理を呼んだほうがいいよ」
アルヴィはカウンターに座っていたエメットに金を払うと、その場で置いていたお土産の1つを開けた。
二角獣の形に焼いたショートブレッドクッキーを口に運ぶ。
「壊れた窓ですけど、障子にしますか、すだれにしますか」
「いや、普通にガラス付けてください」
魔物が出たというのに、エメットの調子は変わらない。
「魔物のことは心配だが、折角、兄も来ているし、今晩は皆で食事をとろうか」
「ウルリカにも会いたいなぁ。呼んでくれるかな?」
「良いですね。ちょっと待ってください」
エメットがスマホで電話をかけ始める。
「あれ? 留守電です。珍しいですね。留守にしているわけではないと思うんですけど」
「教会に直接行って見てこようか?」
「そのほうが良いかも知れないですね。魔物もいるかも知れないですし」
アルヴィと私は車に乗り、センフェス・イオシフ教会へと向かった。




