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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
始まり
5/103

5. 吸血鬼、車と遭遇する

 私は館を背に、黄昏時の空を飛んだ。

 空のグラデーションが深まる毎に私の力も増していく。


 私に翼など要らない。

 純粋な魔力だけで浮遊し、飛行する。


 私は山道が何かで塗り固められていることに初めて気付いた。

 どうやら強固な岩で舗装したらしい。


 私が眠っている間に技術の進歩があったのだろう。

 珍しいことではない。


 雪が残る山道を辿りながら、山間にあるはずの集落へと向かう。

 きっとまだ、私の配下である数百名もの領民たちがいる。


 しかし、集落で最初に私の眼に入ってきたのは、角ばった白壁の家々だった。

 木造の部分はほとんどない。


「何、これ……」


 家屋の外には荷車や麦藁の山に代わって、滑らかな金属で覆われた奇妙な物体が並んでいる。

 ドワーフたちがまた新しい機械を発明したのか。


 なだらかな坂道を下りながら、私は悩んだ。

 街並みが様変わりしたということは、領民たちも代替わりしていると考えたほうがいい。


 どうしたものか。

 彼らは私を領主だと気付かないかも知れない。


 その時、傍でけたたましい警笛が鳴り響いた。

 巨大な四角い機械が私の前で急停車する。


「危ないだろ! どこ見て歩いてるんだ!」


 機械の窓が開いて人間が顔を出す。

 この機械は乗り物だったのか。


「到着時刻に待ち合わなくなるから、早くどいてくれよ」


 巨大な機械の中には魔族や人間が乗り込んでいた。

 恐らく、これは新型の駅馬車なのだろう。


 それにしても、御者に過ぎない人間の態度は気に入らない。

 私が領主であることを知らしめなければ。


「私の姿を見て、なおそんな態度を取るなんて。いい度胸ですね」


「何言ってるんだ……って、おい!」


 私は巨大な機械を持ち上げた。

 中から悲鳴があがる。


 機械の下部についている車輪が空転した。

 私に歯向かうとどうなるか理解できただろう。


「大口を叩いておいて無様ですね。所詮、人間なんてこんなもの」


 私は彼らの悲鳴を楽しんだ後、機械を地面に下ろした。


「け、警察に通報するからな!」


「警察……? 警吏ごときが私にできることなんてありません」


 私は蝙蝠に姿を変え、窓から機械に乗り込んだ。

 再び元の姿に戻ると、誰も彼も怯えた表情で私を見ている。


 魔族も人間も同じように座席に座っていた。

 魔族が優位の立場には見えない。


 まさか――

 本当に、人間は魔族の良き隣人になったとでもいうのか。


 リーズ様の話は、本当だった?

 だとしたら、こんなことをして何になる?


 私の心を虚無感が襲った。

 時代は変わったのだ。


「ちょっと待ってー!」


 小さな機械が走ってきて、巨大な機械の前に停まった。

 中から現れたのはリーズ様とエメットだ。


「エメット……この子の保護者か?」


「そんなところですね。この方、ここよりさらにスーパーど田舎から出てきたんで、こんな調子なんですよ」


「なら、ちゃんと見張っておいてくれ」


 御者はうんざりした顔で私とリーズ様たちを交互に見比べ、私に機械から降りるように手振りで示した。

 私たちは巨大な機械が走り去っていくのを見送った。


「いきなり出ていくなんて、厄介な方ですね。吸血鬼さん。遠くに行かなかったのは正解です」


「ここは私の領地です。領主が領地を出歩いて問題がありますか」


「昔はそうだったんでしょうね。今はどうだか分かりませんけど。これ、どうぞ」


 私はエメットから細長い缶を手渡された。


「指をかけてから引っ張って開けるんです」


 私は缶の上部についたリングを引っ張った。

 突然、缶から弾けるような音がして、中から液体が吹き出す。


 私の顔は甘い液体に塗れた。

 最近の缶詰めは一体何を入れているんだ。


「貴方、何ですか、これ」


「ちょっと炭酸の缶を振っただけですって。……本当に何も知らないんですねー」


 エメットは私の手から缶をもぎ取ると中身を飲んだ。

 今の時代は変わったスープを入れているようだ。


「とりあえず、落ち着くまではあの館にいてもらおう。外で怪我でもしたら大変だ」


 リーズ様は機械の扉を開いて私に乗るように促した。

 座席の表面は柔らかく、私が知らない素材でできているようだ。


「申し訳ありません、リーズ様。ご心配をおかけしてしまって」


「いいんだ。だが、君は領主だったかも知れないが、今は領主という地位は存在しない。だから、少しだけ大人しくしていてほしい。その間の生活はなんとかするから」


 私の知識と現在の技術の間には大きな乖離があった。

 この現実を受け入れるには時間が必要だ。


 私はリーズ様の慈悲に縋って、今を乗り切るしか無かった。

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