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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
ミュスターの旧領主館 高島邸
49/103

49. 壁ドン

 峠道の途中に建つ、古き良き対称構造の洋館。

 角に小塔(トゥーレル)が立つ堂々とした正面(ファサード)は、見る者に領主の権力の大きさを知らせる。


 今ではちょっと広い事務所だが。


 館の前庭では小さな草花が茂り、陶器のノームの置物が並んでいた。

 真っ赤なとんがり帽子を被り、満面の笑みを浮かべるノームの手には、エーデルワイスの鉢植えが載せられている。


 今はエメットが庭の手入れをしてくれている。

 地の精霊らしく庭仕事の腕は折り紙付きだった。


「落ち着く場所だね」


「えぇ」


 ここだけが私に癒やしと安らぎを与えてくれる。

 他者を招く時でも、それは変わらない。


「中も見ていっていいかい?」


「どうぞ。ご案内します」


 私たちはエントランスに足を踏み入れた。

 侵入者を眺め回す生きた絵画や動く彫像は取り払われたが、それでも内装の重厚感は損なわれていない。


 正面は食堂に続いている。

 客間は玄関から見て左。


 右手には2階への階段。

 手摺に蝙蝠を象った彫刻が規則正しく続き、来客を奥へと誘う。


 アルヴィは食堂へと進み、燭台が並んだ新しい食卓の脇を歩いていった。

 食卓の大きさに比べて小さなテーブルしか掛かっていない。


 ミュスター観光騎士団のメンバーが増えれば、もっと大勢で食事をすることもあるだろう。

 しかし、今はこれだけだ。


「これだけ広かったら、昔の貴族はさぞ賑やかに食事を楽しんだんだろうね」


 遠い昔、私と食卓を囲むのは死体だけだった。

 見せかけだけの饗宴。


「今でも誰か食事を?」


「たまに。観光案内所にいる3名だけですけどね」


 食卓の価値は人数では測れない。

 たとえ3人きりでも、私にとっては比べようがないほど幸せな食卓だった。


「君と、リーズと、それとエメットだね。折角だから、今夜はここで食事がしたいなぁ」


 何を図々しいことを。

 それにしても、彼は一体何者なんだろう。


「2階はどうなってるんだろう」


「洋室ですけど、見ていきますか?」


「頼むよ」


 2階には私の寝室もあったが、今では大半が物置だった。

 客人を迎える準備はない。


 見るべきものはなかった。

 寝具を見たいなら家具店に行けばいい。


「君くらい可愛いと、観光案内以外でも声をかけられるんじゃない?」


 廊下に立つアルヴィはアンニュイな表情を浮かべている。

 どういう意味で言っているのだろうか。


「そんなことありませんよ」


「本当さ。まさか自覚がない?」


「お上手ですね」


「つれないなぁ」


 アルヴィは私の前で立ち止まると、ゆっくりと私に近づいてきた。


「ちょ、ちょっと……」


 私はそのまま壁際に追い込まれる。

 何をする気だ。


 アルヴィは壁に手をついた。

 これが漫画で読んだ壁ドンってやつだろうか。


 待て。

 つまり、そういうシチュエーションということか?


「リーズ以外には、こんなことはしないんだけどね」


 しかし、この程度のことでしおらしくなる私ではない。

 こういう時は相手の意表を突く。


「それはこちらの台詞です」


「え?」


 私はアルヴィに抱きついた。

 シトラスの香水が鼻孔をくすぐる。


「どうしたの、いきなり」


「こういうのがお望みかと」


「急過ぎない?」


 アルヴィは壁から手を離し、呆れたように鼻で笑った。


「可愛いだけじゃなくて、面白い。君は……素敵だ」


「それはどうも」


 リーズ様にも壁ドンしているという事実に、私の胸中は穏やかではなかった。

 このエルフのプレイボーイは何を企んでいるのだろう。


 その時だった。

 階下から物音が聞こえた。

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