44. クロスタ=セルナ
大きく張り出した破風。花が飾られ、装飾が施された窓辺。
切妻屋根が連なるクロスタ=セルナの街並みは一貫性があり、調和がとれている。
クロスタ=セルナはホテルと貸し別荘が多い。
2~5階建ての大きな山小屋スタイルの家々が建ち並び、観光客を迎えてくれる。
モルタルで固めた外壁の多くはカラフルなカントリースタイルで彩られていた。
しかし、一旦、中に入るとノスタルジックで温かみのある木目の壁板に包まれる。
私たちはそのような小さなホテルの一室を借りた。
皆で1つの部屋。
「あたし、ちょっと買い出しに行ってきますね」
「待ってください」
クロスタ=セルナのホテルに着くと、エメットはすぐに近所のスーパーマーケットに行こうとした。
私はエメットのことが気がかりで、すぐに引き止めた。
「何ですか?」
「少し話をしましょう」
「……」
私はエメットをテーブルにつかせた。
リーズ様にも同席してもらう。
エメットはいつものようにソファの上で足をぶらぶらさせ、私が話を切り出すのを待っていた。
「今日もお疲れ様でした」
「はーい。お疲れ様でした」
「今日のこととは全然、無関係ですが、私のことを話します」
「ルビーさんが自分のことを話すなんて珍しいですね」
私の記憶の大半はエルヴェツィア大陸が魔界にあった頃のものだ。
私は若くして吸血鬼になり、その身を戦争に捧げてきた。
「吸血鬼になる前、私はただの人間でした。何かしていたというわけでもなく、農村で暮らしていました」
両親は私が生まれてすぐに病気で亡くなった。
私は修道院に預けられた。
当時、魔族と人間の戦争はあったものの散発的なもので、魔族の優位は覆らなかった。
一方が押しても、他方が押し返す。その繰り返し。
魔族も人間も決して一枚岩ではなく、人間に武器を供与するドワーフや、ノームの魔法体系を学んで魔族の軍事顧問になる人間もいた。
人間の王侯貴族たちは、魔族に人間の奴隷を預けたり売ったりして、その地位を承認されていた。
そのうち、どこからか1人の人間が勇者として担ぎ出された。
勇者は人間たちに現状の打破を説き、魔族からの奴隷解放を訴えて戦い始めた。
私の暮らす村にも人間の宣教師と傭兵隊が訪れ、宣教師は戦争と救済を説いた。
村にいた魔族はその場で捕らえられ、全員が広場で焼かれた。
女でも長銃や魔法が使えれば戦えると諭され、少女たちも傭兵たちの野営地に放り込まれた。
だが、一緒にいた年嵩の少女たちは傭兵たちの慰みものにされた。
私は幼かったため、水を汲んでくるとか、編み物をするとか、取るに足らない雑用をしていた。
宣教師の説いた戦争も救済もやって来なかった。
ぼんやりとした認識のうちに時間は過ぎていった。
戦争なんて早く終わって、宿営している傭兵が去っていけばいいのにと、誰もが思っていた。
そのうちに、どこからか1人の君主が魔王として担ぎ出された。
勇者に対抗するという大義名分で、空位になっていた魔王の位が復活したのだ。
しかし、魔王は重病だった。
担架が無ければ移動できないような有様だった。
その姿は憐憫を誘い、そして誰もが同情した。
きっと勇者に敗れ、和平が結ばれるものだろうと、人間も魔族も予想した。
しかし、勇者と魔王の戦いは簡単に終わらなかった。




