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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
伯爵の官邸ヴァデュッツ城のダンジョン
41/103

41. 毒蜘蛛

 ヴァデュッツ城のダンジョン、第2層。

 いかにも迷宮然とした構造だが、上層の森林や農地の影響を受けて、下層の構造物に蔓植物や木の根が張っている。


「この辺りには触手植物(テンタクルス)のような植物型の魔物がおる。基本的に向こうから襲ってくることは少ないが、注意が必要じゃ」


 スタニスワフは歩きながら鉈を振るい、邪魔になる蔦を切り裂いていく。

 彼はどれが危険な植物でどれが安全な植物なのか一目で分かるようだった。


「ここから先は罠が仕掛けられておる。慎重に進むんじゃ」


「あたしの出番ですね」


 エメットが待っていたとばかりに先頭に躍り出た。

 なんだかんだで役目を果たすことについては前向きである。


「こういう場所の罠は構造物を利用したもの以外にも、自然と一体になったものもあるんですよ」


「例えばどんなものがあるんだ?」


「毒性の沼が足元にあるとか、壁から触手植物(テンタクルス)が絡め取ってくるとか」


 説明しながら、エメットは頭上を指差した。


「あんな風に、天井から毒蜘蛛の魔物が降ってくるとか……って、あ」


「なるほど。確かに蜘蛛がいるな」


「冷静に言ってる場合じゃないですって!」


 私たちの足元に人間の頭部ほどの大きさを持つ毒蜘蛛が降り注いできた。

 間違いなく魔物だ。


「お二人は私たちの後ろへ!」


 観光客2人は襲われたら困るので後方に下がらせる。


「すごーい。魔物だって!」


「皆、戦うんだね。漫画みたい!」


 こちらとしては、そんな悠長なことを言っている場合ではなさそうだった。

 小型の魔物を一発で吹っ飛ばすような攻撃魔法がないので、一匹ずつ近接攻撃で対処せねばならない。


 こんなことなら範囲攻撃可能な攻撃魔法を覚えておくんだった。


「よし! わしに任せるんじゃ!」


 スタニスワフは背中のバックパックに隠れていた柄を引き抜いた。

 しかし、スタニスワフの右手に握られた物を見て、エメットが叫んだ。


「フライパンじゃないですか!? どうしてそんなもので戦うんですか!」


「これはフライパンではない」


「どう見てもフライパンですって!」


「これはフライパン+1じゃ!」


「やっぱりフライパンじゃないですか!」


「予め言っておくが、左手のこれはおたま+1じゃ」


「どっちも調理器具じゃん!」


 突っ込まれつつも、スタニスワフはフライパン+1とおたま+1を構えて毒蜘蛛に近寄った。


「でりゃあ!」


 スタニスワフが毒蜘蛛にフライパン+1を振り下ろす。

 直後、毒蜘蛛は体液を撒き散らして弾け飛んだ。


 恐ろしい威力だ。

 もしかすると私の棘付きメイスより破壊力があるかも知れない。


 だが、蜘蛛たちは私たちを翻弄するように動き回る。

 狙いを定めるのが難しい。


「リーズさん! そっちに行きましたよ!」


 エメットがリーズ様の近くを跳ねる毒蜘蛛を手振りで示した。


「分かっている!」


 しかし、リーズ様が振るった長剣は虚しく空を切った。

 毒蜘蛛がエメットと観光客のほうへと飛び跳ねていく。


「来る来る来る来る!」


「この!」


 リーズ様は必死で毒蜘蛛に追い縋る。

 しかし、毒蜘蛛は器用に攻撃を回避し続ける。


 エメットたちは足が竦んでいるのか、動けずに固まっている。


「何をしておる! そこをどくんじゃ!」


 毒蜘蛛がエメットたちに飛びかかる寸前、猛烈な勢いで駆けつけたスタニスワフが素早く間に割って入った。

 毒蜘蛛がスタニスワフの腕に噛み付く。


「ぐっ!」


 スタニスワフは腕に取り付いた毒蜘蛛をおたま+1でかち割った。

 毒蜘蛛は腕から離れたが、緑色の液体が腕から滴っている。


「は、早く解毒を……!」


「そんなことより奴らを先に倒すんじゃ!」


 私は無我夢中で棘付きメイスを振りまくった。

 的中さえすれば、毒蜘蛛は木っ端微塵になって吹き飛ぶ。


 必死の攻撃が功を奏し、私たちはなんとか毒蜘蛛を全滅させた。

 危ないところだった。


「スタニスワフさん、大丈夫ですか」


「何のこれしき。スクワッドメイトを守るのがわしの仕事じゃからな。お嬢さんたちに怪我がなくて、一安心じゃ」


 スクワッドメイト。

 パーティメンバーという単語が死語になっていたことに私は震えた。


「私が不甲斐ないばかりに、すまなかった。解毒魔法をかける。【DIALKO(ディアルコ)】!」


 リーズ様が呪鈴を取り出し魔法をかけようとすると、スタニスワフは腕を引っ込めた。


「そんな魔法は効かん。この毒蜘蛛は神経性の毒ではなく、壊血性の毒を持っておる。エルフの――麻痺を治す魔法は無意味じゃ。予防しておけば大して被害は出んわ。……それに、わしは魔法は好かん」


 スタニスワフは自分の傷口を洗い、毒消し草の軟膏を塗った。


「……すまない」


「もっと実地訓練を積むことじゃな。もっとも、生き残れればの話じゃが」


 リーズ様に落ち度があったとはいえ、スタニスワフの言葉は痛烈だった。

 リーズ様はがっくりと肩を落としている。


「リーズ様……こういうこともありますよ」


「いや、スタニスワフの怪我は私のせいだ」


「そんなに気負わないでください、リーズさん。あたしなんて何もしてませんから!」


 エメットほど楽観的なら何が起きても平気だろう。

 しかし、リーズ様はエメットほど厚顔無恥ではないのだ。


 スタニスワフのおかげで窮地を脱した私たちは、ダンジョン見学を終えることにした。

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