40. ペリュトン
「スタニスワフさんはどれくらいガイドを?」
「わしは10年、ダンジョンでガイドをやっとる。今では3等級のガイドじゃ。浅い階層も深い階層も殆ど知り尽くておるぞ。大船に乗った気持ちで付いてきてくれい!」
スタニスワフは心強い言葉でパーティを励ます。
3等級のガイドというと、国際的にガイドができ、通訳をこなせて、公開されているダンジョンも制覇できる腕前だ。
だが、なんだろう。
微妙に居心地が悪い。
スタニスワフとリーズ様はお互いにやたら距離を取っている。
ドワーフとエルフの仲が悪いのは承知していたが、どうやら現代でも因縁は続いているようだ。
前衛2人がこの調子だと、足並みが乱れる可能性があった。
万が一、戦闘になった時、連携に支障をきたすだろうし、何より空気が重い。
「このダンジョンは伯爵が農民の反乱から逃れるために造ったものじゃ。深層は侵入者を阻む本格ダンジョンじゃが、第1階層は地表に出ていて、避難した伯爵が暇を持て余さないように狩猟地や農園に似せた造りになっておるぞ」
「牧歌的な場所ですね」
森林の脇に続く農道を、時々、双頭の牛が横切る。
羊の木が生えている牧場もある。
ゴブリンの牧夫が羊の木に鋏を入れて、その毛を刈っていた。
「フリッツ! 調子はどうじゃ」
スタニスワフが牧夫に声をかける。
顔馴染みのようだ。
「スタニスワフの旦那、上々ですよ。良い木綿が取れてます。そちらはどうですか」
「日本から来たお嬢さんたちを案内しとる。今日も楽しく冒険じゃ!」
スタニスワフは気の利く男で、観光客のもてなし方を心得ていた。
城を背景に豊かな自然を写せるフォトジェニックなポイントを優先して案内する。
「あ! 鹿がいる!」
森の中に、草を食む鹿の影があった。
「あれはペリュトンじゃな」
「ペリュトン?」
「頭と脚は鹿、身体と翼は鳩の姿の魔物じゃ」
「へー。撮っても大丈夫ですか?」
「翼はあっても飛ぶことはできんから、簡単に撮れるぞ。しかし、少し用心が必要じゃ。あれはそんなに大人しい魔物ではないからのう」
そう言って、スタニスワフは双眼鏡を取ってペリュトンを観察し始めた。
「ペリュトンの影は普段、人間の形をしておる。人間を襲って精気を奪うと、本来の影に戻るのじゃ。影が元に戻っているうちは人間を襲わぬぞ。あの個体は……本来の影になっておるから、襲ってくることはないじゃろう」
「それじゃ、ちょっと近づいても大丈夫ですか」
「OKじゃ! もっとよく見える場所まで行くとしよう」
ペリュトンはスタニスワフの言葉通り、鹿と鳥が組み合わさった姿をしている。
雌は二本脚だが、雄は四本脚という珍しい特徴を持っていた。
恐らくこれは交尾の際、雄が安定して雌の上に乗りかかるためだと考えられている。
また、肉の味は雄雌両方とも身体部分は鶏肉に近い。
大人しく立ち止まっていたペリュトンを写真に収め、私たちは先に進んだ。




