4. 吸血鬼、混乱する
私は鼻血を拭き取って、話を戻した。
現状把握が必要である。
「ところで、吸血鬼が全滅したと仰っていましたけど、私が眠っている間に何があったのですか」
「魔族同士の紛争です。ドワーフを甘く見過ぎましたね」
エメットは他人事のように言った。
「どうして……」
魔王が魔族をまとめあげ、歯向かう人間たちを下し、世界を平定したのではなかったのか。
「魔王が世界を手中に収め、平和が訪れたはずでは」
「紛争が始まる前に死にましたよ、魔王なんて」
「そんな……一体、誰が魔王を打ち倒したのですか」
「歴史の教科書によれば、魔王の諮問機関である枢密院で反乱があって、魔王を処刑したそうです。クーデターですね」
魔王を処刑するだと。
そんな力を枢密院が持っているはずがない。
「エメットさん。貴方、私を騙そうとしているのでは」
「騙してどうするんですか」
「さっき、海外の動物園でどうとか……」
「冗談に決まってるじゃないですか! いやだなー!」
エメットは両手を顔の前で大きく振って否定するが、多分、冗談じゃない。
まだ笑顔のままだし。
「きっと人間どもの陰謀に違いありません。魔王が簡単に殺されるわけが……」
「吸血鬼さんは随分と古い時代の方みたいですね」
「その人間たちは、今では魔族の良き隣人だ」
ありえない。
魔族と人間はずっと敵対していたのに。
「嘘です。人間どもは魔族にとって敵です。人間どもの精気を喰らうため、魔族は人間を支配下においたはず」
「落ち着け。ちゃんと説明するから」
リーズ様が私の肩に手をおいた。
その一瞬で、不思議と混乱と不安が少し和らいだ。
「歴史認識がぶっ飛んでますよ。ここ60年分くらい」
「60……年? なんですか、年って」
「今の暦ですよ。人間の社会に合わせて改暦しました」
私は思わず手で顔を覆った。
人間の暦を採用するなんて、魔族は一体どうなってしまったのか。
「別にどうでもいいですけどね。あと、適当に調べ終わったら用済みですし、ここも」
「ひょっとして、お二人は墓暴きなのですか」
「墓のために館に入る奴がいるわけないでしょ」
「ではどうして」
「遺跡荒らしです。あたしは魔界時代の古い遺跡を漁ってお金を稼いでるんです! それでリーズさんと一緒に館を調べてたわけで。この館も良い遺構だと思ったんですけど、とんだ肩透かしでしたね。吸血鬼さんがいたのは思いがけない発見でしたけど!」
「墓暴きも遺跡荒らしも大差ないのでは……」
「あたしって、そんなアホに見えますか?」
「アホに見えます」
「吸血鬼さんのほうがアホですー! 何も知らないくせに!」
「じゃあ、貴方は何を知っているんですか」
「この館の主が、今はあたしだってことです。結構な値段で買い取ったんですから」
「え?」
「だから、家賃。今まで寝ていた分もきっちり払ってくださいね」
「え?」
「滞納するようだったら、すぐに出ていってもらいます」
「え?」
「そのアホ面を鏡でお見せできないのが残念です」
「吸血鬼は鏡に映りません」
「うるさーい! つべこべ言わずにお金出してください! お・か・ね!」
「いや、彼女はだいぶ昔の人だし、今のお金は持っていないぞ」
このノームの戯言を聞いていたところで埒が明かない。
私は一気に扉まで跳躍し、館の玄関へと向かった。
「どこへ行く気ですか!」
「この目で貴方の言葉が嘘だと確かめます」
私は彼女たちを振り切って館の外へと飛び出した。