39. ヴァデュッツ城の裏庭
憧れは止められない。
探検家の憧憬を集める、あの世への入り口。
――ダンジョン。
腹ごなしには手に余る。
あまり行きたくはないが、観光客の希望なのだから腹をくくるしかない。
下手に少人数でダンジョンを歩き回って死なれても寝覚めが悪いし。
ヴァデュッツのダンジョンはヴァデュッツ城の東側に広がる森と地下にあった。
私も何度か訪れたことがある。
900年くらい前に城郭の基礎が築かれた。
730年前に居住スペースが造られ、城主が農民の反乱から隠れるためにダンジョンも造営される。
500年前にグリシュン州周辺の伯爵たちが当時の王国に反旗を翻し、戦争が勃発した。
戦火によって地表部分の城は全焼し、後に再建されたが、ダンジョンは現在までそのままだ。
伯爵が城に移り住んでいる今では、城もダンジョンも観光スポット化した。
警備のため城内には入れないが、ダンジョンは入場料さえ払えば見学できる。
だからといって安全とはいえない。
ダンジョンは死と隣り合わせなのだ。
「ガイドさんはダンジョンまで案内できるんですねー」
「やっぱり吸血鬼ってすごーい」
脆弱な人間を伴ってダンジョンへ潜るなんて、危険にも程がある。
今の人間はダンジョンの恐ろしさをまるで理解していないのだから。
古いダンジョンには今も侵入者を待つ罠が残っている可能性もある。
ヴァデュッツ城のダンジョンも侮りがたい遺構の1つだ。
なので、受付で待機している専属のガイドも観光客一行に加える。
「ガイドを一人お願いします。どんな方がいますか」
「戦士にしますかー。魔法使いにしますかー。聖職者にしますかー。鍵開け師にしますかー。裸の忍者にしますかー」
受付のゴブリンが間延びした声で応じる。
最後のは聞かなかったことにしよう。
「えぇっと……」
魔法使いには変人も多くて困るので、ここは安全を考えて戦士を補充しておくべきか。
「それじゃ、ドワーフの戦士さんをお呼びしますー」
3分後。
背が低く、もじゃもじゃの黒ひげに革鎧を装備した筋骨たくましいドワーフが現れた。
「ヴァデュッツ城のダンジョンにようこそ。楽しい冒険がおぬしらを待っておるぞ! イェーイ!」
「いや、そういう前置きはいいんで……」
「自己紹介が遅れたのう。わしは専属ガイドで戦士のスタニスワフ。よろしく頼むぞ!」
テンションが高い。
ドワーフなのに。
冒険を盛り上げてくれるのはいいが、少々、苦手なタイプだ。
なんか暑苦しい。
だが選り好みはできない。
昔だって冒険者ギルドで条件に合っただけの連中がパーティを共にしていたのだから。
日本人2人は遊園地のアトラクションにでも入るつもりなのか、だいぶテンションが上がっている。
観光ガイドという名の護衛がいなければ、この先どうなるか危ぶまれる。
下手にダンジョンで荷物を落とすと二度と回収できなくなることも多い。
貴重品は受付のクロークに預けておく。引き出せるかどうかは分からないが。
「エメットさん」
「なんですか?」
「確認ですけど、罠がある階層に出たら、まずはエメットさんが先導してください」
「はい? あたしに率先的に死ねってことですか?」
「罠の位置を特定するんですよ。遺跡荒らしなんだからできるって言ってたでしょ」
「ちょっと何言ってるか分かりませんね」
「分かれよ! まぁ、死にそうになったら、私が噛み付いて吸血鬼の眷属として復活させてあげますから、安心してください」
「呪いじゃないですか。解呪の料金も馬鹿にならないんですから、怪我しても我慢しますよ」
エメットは以前と同じように荷物の中からピッキング・ツールやワイヤーを取り出して腰のポーチに入れた。
「リーズ様は防御魔法が使えるってことは、回復魔法も使えますよね」
リーズ様も鎖帷子と逆さ十字が描かれたサーコート、聖堂騎士の制服に着替えている。
「できることはできるが、応急処置くらいしかできないぞ」
「エメットさんが死ぬ前に回復魔法をお願いします」
「あたし死ぬ前提?」
残念ながら、魔物と戦わずにダンジョンを進む場合、最も危険に晒されるのは鍵開け師だった。
責任重大である。
「仲町さん、戸塚さん、こちらを付けてください」
「なんですか、これ」
「前掛けとヘルメットです。一応、魔法耐性があります」
観光客2人にも護身用の装備を渡す。
「魔法……本当にあるんですね!」
焼け石に水だが、何も無いよりはマシだろう。
記念使い魔がボルトの刺さったリンゴ型だったように、ヴァデュッツのダンジョンは罠もクロスボウ式のものが多い。
罠に掛かったら一発で終わりだ。
今回は本当に場馴れしていない人間を護衛することになる。
何度も海外旅行保険に加入していることを確認してから、中に入る。
吸血鬼の観光ガイド、エルフの聖堂騎士、ノームの遺跡荒らし、ドワーフの戦士、人間の観光客A、人間の観光客B。
私たち即席パーティはヴァデュッツ城のダンジョンに挑むのだった。




