34. 依頼
開業から1週間ほど経った頃、ミュスター観光騎士団の口座に寄付金が振り込まれていた。
カルロフからの寄付金だ。
1億レウも振り込まれている。
これだけあれば当面の運営に支障は出ないだろう。
それに、等級も5等級に上がっている。
グリシュン州以外の近辺の州でも観光案内できる許可が降りた。
大きな成長である。
やはり見ている人は見てくれているのだ。
私たちは寄付を喜んだが、まだ引っかかる点が残っていた。
カルロフが館を狙った理由は天文台の誘致だけとは思えないのだ。
「きっと、どこかにすごい遺構が隠れてるんですよ! もしかしたらダンジョンかも!」
エメットは館を取り壊してでも、見つける価値のあるものが眠っていると見ていた。
しかし、取り壊しは実行には移されなかった。
当然である。
館は私の最後の領地なのだから。
「いいじゃないですか、ちょっとぶっ壊すくらい」
「ぶっ壊すの時点でちょっとじゃないんですが」
エメットは館に入り浸って、常に機会を伺っているようだった。
今もこうして修繕した客間で壊す算段をつけようとしている。
「同じ間取りの館をどっかに建て直せばいいじゃないですか」
「そんなことできません。私にとって、この1軒が大事な1軒なんです」
私にとって、この館は私と生きた時間を共有する空間なのだ。
最早、私の身体の一部といってもいい。
「そうですか。私にとってはたくさんのうちの1軒ですけどね!」
「それ言う必要あります?」
「まぁ、でも今のうちに新居のイメージとかつくっておいたほうが良いと思いますよ。何が起こるかわかりませんから」
「何が起こるかって、起こすつもりなのはエメットさんでしょ」
「新居はどんな風にしますか?」
「話聞けよ」
「内装も色々ありますけど。和風とか、中華風とか、フレンチとか」
「それってドレッシングの種類じゃないですか。食べませんよ」
「でも、これもルビーさんのことを思って言ってるんです。地震とか積雪とかで館が壊れて、万が一のことがあったら大変ですから」
「そうですか。心配してくれて、ありがとうございます」
「当然ですよ。あたしにとって、ルビーさんは大事な商品ですから」
「感じ悪!」
その時、客間にリーズ様が現れた。
「観光案内の依頼が来ている。ちょっと来てくれ」
リーズ様と私たちはネット回線が引かれている書斎に向かった。
机の上に置かれたPCではメーラーが立ち上がっている。
「これだ」
リーズ様が最新のメールを開いた。
ウルリカからのメールだ。
ご丁寧に時候の挨拶から始まっている。
メールには、エルヴェツィア共和国を旅行している日本人を案内してほしいという旨が書かれていた。
グリシュン州の州都クウェイラから北に30km、ライステイナム州の州都ヴァデュッツが目的地だという。
ヴァデュッツは代々、枢密顧問官を務めているゴブリンの伯爵ライステイナム家が治めてきた領地の1つだ。
その治世は400前から始まり、王国時代にも伯爵による自治を認められている。
ライステイナム州という名前通り、ヴァデュッツとその周辺の土地において、ライステイナム家は今も君主だった。
現在も世襲制のように当代の伯爵が州知事として君臨している。
ヴァデュッツは主教区としてはクウェイラ主教区に属するため、聖職者の多くはグリシュン州から訪れる。
ただし、行政の分離のため、聖職者は25人からなる州議会の議員にはならず、政治には参加しない。
同じクウェイラ主教区ということで、聖職者の伝手を通じてウルリカに話が回ってきたようだった。
恐るべし教会のネットワーク。
日本人は現地で合流して案内を希望するとのことだった。
こちらにとっても小旅行になるが、良い機会だろう。
かくしてミュスター観光騎士団はヴァデュッツに向かうことになったのだった。




