33. ハーフエルフ
スイートルームのキングサイズベッドで、私とリーズ様は横になった。
リーズ様の血のおかげで、私の心はだいぶ落ち着いてきていた。
「リーズ様。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「謝る必要なんてない。君は大変な時代を生きてきた。悩むのも当然だ」
リーズ様は私のほうへと手を伸ばし、そして優しく握った。
柔らかく、そして力強くもある。
「まだ言っていなかったが、私はハーフエルフだ」
リーズ様が呟くように言った。
ハーフエルフはエルフと他の魔族の間に生まれた者のことを指す。
彼らは戦争の時代から現代まで、純血のエルフから謂れなき中傷の的にされた。
エルフと人間の関係は、エルフとドワーフの関係ほどではないが、冷え切っている。
エルフは血統に誇りを持つ魔族であり、魔王の処刑直後にはいち早くナショナリズムに沸いた。
エルフはエルヴェツィア大陸の北方で領土を主張し、スカーディナ王国を築いた。
カムチャツカとアラスカの狭間で、エルフたちの動向に世界の注目が集まった。
だが、エルフたちは心を開かなかった。
冷戦中、スカーディナ王国は太平洋安全保障条約にもワルシャワ条約機構にも加盟せず、中立を保った。
彼らは身を護ることによってではなく、周囲を見捨てることによって平和を得たのだ。
中立主義に基づくかつての外交戦術と、血統によって内外に境界を引く態度から、エルフを快く思っていない者も多い。
「昔はハーフエルフに対する差別が酷かったと、父上から聞いた。ハーフエルフは生まれても幼いうちに殺されるとも。だが、私の両親はそうしなかった。エルフと人間の――魔族と人間の架け橋になるようにと、私を育ててくれた。私は両親の願いを叶えたい。観光案内のような小さなことでも、皆の架け橋になりたいんだ」
「リーズ様は立派です。それにご両親も」
「父上はエルヴェツィア大陸が魔界にあった頃、聖堂騎士だったと言っていた。本当かどうかは分からないが。母上は東ドイツからの移民で、ベルリンの壁を上ってうまく逃げ延び、エルヴェツィア共和国に来た。子供の頃はよく知らなかったが、ベルリンの壁が崩壊した時に母が喜んでいたのを覚えている」
リーズ様はそこまで話すと、ふっと息を吐いた。
「2人は旅行先で偶然、同じレストランに入った。その後も同じ噴水で出会い、連絡先を交換した。そしたら、住まいは近所だと分かった。そして、そのまま付き合ったと聞いている」
「運命ですね」
「かも知れないな」
リーズ様の濃紺の瞳が私を見つめた。
私もリーズ様を見つめ返した。
私たちの出会いもまた運命なのだ。
リーズ様もきっと気付いてくれる。
私はリーズ様の手を握ったまま、眠りについた。




