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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
ディヴォウズの最高峰ヴェッスファル山とランドカジノ
32/103

32. 永夜の報い

 私の前にチップの山が築かれる。

 最後の最後で私たちは逆転した。


「やったな!」


「私たちの勝ちです」


「……そのようだな」


 溜息のように、カルロフの口から灰色の靄が吐き出される。

 エメットはあまりの展開に、放心したようにビールを片手に凍りついていた。


「今宵はなかなか楽しめたぞ。スピナーよ、もうよい。下がれ」


「ハ、ハイ……本日ハ、アリガトウゴザイマシタ」


 カルロフからチップを受け取ると、ウィングスは小さく肩を震わせながら、深々とお辞儀をしてVIPルームを去っていった。


 本当であれば、客であるカルロフを勝たせるべきだったのだが、熱くなり過ぎた。

 イカサマについて喋って、これ以上、彼の面子を潰すのはまずいだろう。


「今宵の遊戯の代金はすべて我が持とう。それと約束通り、寄付金もやろう」


「お気遣い、ありがとうございます」


「後日振り込む。ただし、今後は寄付者として、おぬしたちの活動を見させてもらうぞ」


 それが妥当なところだろう。

 代わるようにカジノ従業員が現れ、この後の予定を聞いてきた。


「ホテルのスイート・ルームをご用意しておりますが、いかがでしょう」


 これもVIP待遇の1つだった。

 VIP会員にはカジノ持ちでホテルや送迎バス、レストランのサービスが付く。


「もう遅い。泊まっていくがよい」


「お言葉に甘えさせていただきます」


 カジノを後にして、私たちはそれぞれスイート・ルームへと案内された。

 私は広々としたスイート・ルームで、昼間に感じた胸騒ぎについて思い出そうとした。


 その時、部屋の扉がノックされた。

 扉を開けると、そこにはリーズ様が立っていた。


「どうなさったのですか」


「いや、礼を言おうと思ってな。夜のうちで悪いな」


「どうぞ、中に入ってください」


「ありがとう」


 私とリーズ様は2人で柔らかなソファに座った。

 距離が近づき、私は気恥ずかしくなった。


「本当に勝てるとは思っていなかった……。ルビー、もしかして最後に何か仕掛けたんじゃないか」


「リーズ様はなんでもお見通しですね」


「やはりか。しかし、君の機知が無ければ、私たちは終わりだった。本当にありがとう」


「身に余る光栄です」


「ところで、なんだか今日は元気がないように見えるんだが。何か心配事か」


「……いえ、そんな大したことでは」


 私は慌てて首を振った。


「私は君の血の主だ。なんでも言ってくれ」


「……実は」


 私はヴェッスファル山で聞いたカルロフの鐘の音について話した。


「私、思い出したんです。100年前、眠らされた時に、同じ鐘の音を聞いたんです」


「本当か」


「あの時、既に魔族と人間の戦いは終わり、世界は平和になっていました。つまり、私のような戦闘狂は必要とされなくなったんです」


 私は人間が示した和平の条件――人間を多数殺戮した許すまじ魔族を封印すること――に則って、眠りにつくことになった。


 その日、私の前に各魔族を代表する聖職者たちが現れた。

 一人の若い竜人(ドレイク)の主教が歩み出て、最後の言葉を述べた。


「おぬしは多くの善きことを為し、しかし僅かな悪しきことにより、眠りにつく。その眠りが安らかなることを願い、ここに我らの祈りを捧ぐ」


 一人、また一人と鐘を取り出し、聖職者たちは祈りを捧げた。

 その音色は川のせせらぎのように穏やかで、そしてあまりにも残酷だった。


「私はもう、魔族に、魔界にとって不要なのですか」


 私が尋ねると、主教は答えた。


「平和は次の戦争までの布石に過ぎぬ。おぬしの眠りもまた戦争の幕間である」


 主教は棺で横になった私の目元に手を置き、魔本(デビルズ・ブック)の聖句を諳んじた。


「心せよ。汝は獲物を狩る。心せよ。汝は獲物の血に塗れる。心せよ。汝は戦場(いくさば)を処刑場に変える。心せよ。汝は数多の屍の上に立つ。心せよ。汝は勝利の美酒に酔う。心せよ。汝は――」


 私は主教が言い終える前に眠りに落ちた。

 その記憶は今でも朧げだったが、私の心に深く楔を打ち込んだ。


「不安なのか」


「平和なことは良いことです。でも、また私は不要になるのではないかと……」


「そんなことは絶対にない。君は、私にとって特別な存在になった。どうか私と一緒にいてほしい」


 リーズ様が私の手を取る。

 その温もりは優しく、氷のように冷え切った私の心を溶かしていく。


「ありがとうございます。私……私は変わりたいんです……」


「泣くな。今夜は一緒にいよう」


 リーズ様は私を抱き寄せた。

 そして、自分の指をそっと傷つけ、私の口元へと近づけた。


「リーズ様……」


「君は心配しなくていい。私が守る」


 溢れた血が私の唇を濡らした。

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