31. ゴーレムのスピナー ウィングス
勝てない。
私は焦り始めていた。
「どどどどどうしましょう」
エメットが挙動不審なほどに震えながらセクションに応じた賭け枠にチップを並べる。
しかし、その狙いは確率通りに当たったり外れたりを繰り返す。
私たちのチップはほとんど増減していない。
その一方で、カルロフのチップは順調に増えている。
どういうことだ。
確率から考えれば、あまりにも極端な結果だった。
スピナーのウィングスは最初からずっと均一な力で球を放っている。
だが、彼はホイールの回転を見極めているのか、球は狙ったセクションに落ちない。
一見、結果はランダムに見える。
それは堅実な戦術にとって最も相性が悪い状況だった。
「どうした。顔色が悪いようだが」
カルロフの目が意地悪く細まる。
「そそそそそそんなことありませんよ? かかかかかカルロフ先生こそ、早く賭けてください」
エメットの握るグラスががくがくと揺れ、ビールがどんどん溢れる。
動揺しすぎだ。
私は違和感を感じた。
あまりにも当たりすぎている。
カルロフのベットはフラワーベットと呼ばれる賭け方だ。
賭け枠の数字1つとその周囲8箇所に賭ける、シンプルな9枚賭け。
中央に当たれば、ストレートアップとスプリット・ベットとコーナー・ベットの最高で合計144倍、最低でもコーナー・ベットで9倍の配当となる。
しかし、この賭け方は0と00を含むアメリカン・ルーレットでは当然、確率が落ちる。
初心者でなければ、こんな賭け方をしない。
だが、同じ数字で当たったとしても、私たちの賭け方では勝てない。
これはまさか――
「すいません、こちらのVIP待遇のデポジットっていくらでしたっけ」
「1億5000万れうカラデス」
「ありがとうございます」
1つ分かった。
最初にカルロフが預けた5億レウのデポジットは、彼のVIP待遇のためのものではない。
私たち3人をVIP会員にして、強制的に掛け金を引き上げるためのものだ。
余計な他の客がいない場所――VIPルームでは"仕掛け"やすい。
私はチップを賭けず、カルロフとウィングスをずっと観察した。
ウィングスは身動ぎせず、ずっとカルロフの手元を見ている。
まるで、カルロフの賭け方を確認し続けているように。
こいつらは、グルだ。
最初から私たちを"嵌める"ため、カルロフは自分がVIP会員であるこのカジノを舞台にするつもりだったのだ。
スピナーのウィングスは、カルロフの賭けた位置に正確に球を落とすために、予め示し合わせて選ばれたのだろう。
だから、フラワーベットという大負けもありうる不利な賭け方にも関わらず、カルロフは勝っているのだ。
回りくどいやり口だ。
「次デ、最後ノげーむデス」
ウィングスが宣言する。
「作戦変更です」
「どうした」
「私もフラワーベットにします」
私は残ったすべてのチップを三目並べのように並べた。
選んだ数字はカルロフとは正反対。
しかし、これだけでは勝ったとしてもカルロフのチップには届かない。
「我の真似か。よかろう」
「最後にお願いがあります」
「なんだ」
「私たちの観光案内所も賭けます」
「ざわ‥ざわ‥」
「エメットさんの自宅も賭けます」
「それは勘弁して!」
「つまり」
「私のチップを倍にしてください」
「面白い。館以外は不要だが賭けるというのならば。スピナー、彼女にチップを」
まさに一か八か。
だが、最後にやらねば勝てない。
腕の良いスピナーは動きが均一になり、アベレージが一定に収束していく。
カジノ側では、そうした動きにばらつきを持たせるように指示を出す。
しかし、ウィングスは確実に球を落とすためか、意図的にホイールの回転数を変えることは無かった。
そして、これまでの観察から、球が数字盤を周回する回数はきっかり20回。
あとはどのタイミングで球を投げ込むかが問題となる。
「ソレマデ」
ウィングスの言葉が私たちの動きを封じた。
ウィングスがホイールを回す。
これまでと同じ回転速度。
ここまでは予定通り。
ウィングスが球を投げ込む直前、私は一瞬だけ自分の眼に力を込めた。
対象を金縛りに陥らせる魔の視線。
それは本当に瞬きの合間。
イカサマと認識するのが不可能なレベルの早業だった。
一瞬、ウィングスが目を見開いた。
自分が予想したものと異なる動き。
球は数字盤を20周回った後、わずかに半周だけ多く回った。
カルロフが驚愕した表情を浮かべる。
球はカルロフのベットの正反対、私がベットした数字に落ちた。




