29. カジノ ディヴォウズ
ヴェッスファル山を下る頃には、陽は傾きかけていた。
そろそろ今日の観光は終わりだろうか。
「おぬしたち、肝心な場所を案内しておらぬ」
私がお暇を願おうとすると、カルロフが待ったをかけた。
「どこかご希望でしょうか」
「議員たる者、国外の者とも交渉にあたり、故に歓待する立場にもなる」
カルロフは煙草を取り出して白煙を吹き上げた。
彼自身は抜け目ない議員らしく、自分から言質を取られるような答えを述べる気はないらしい。
「セレブ向けの観光スポット……ってことですね」
「よかろう。すぐに案内せよ」
カルロフはすぐに馬車に乗り込んだ。
リーズ様はカルロフが遠ざかったタイミングで私に耳打ちする。
「セレブ向けなんて、そんなところあるのか」
「ディヴォウズは一大リゾートです。高級な観光スポットもありますよ」
「一体、誰がそういう場所を使うんだ」
ディヴォウズは単にハイキング客やスキー客を迎えるだけの街ではない。
エルヴェツィア大陸中からグローバル・エリートが集まる街でもあった。
ディヴォウズで行われるエルヴェツィア国際会議には各国の代表者が集結する。
多数の経営者、政治家、知識人、ジャーナリストがエルヴェツィア大陸における世界的問題を話し合うのだ。
参加者の中枢を占め、会議のイニシアティブを握る経営者たちは、もちろん街に投資している。
ホテルやリゾート施設は彼らが率先して建てたものであり、彼ら自身の金銭感覚が反映されていた。
「街の中心部は、エリートたちのために整備されたと言っても過言ではありません」
街を南下していくと、整然としていた街並みが、華やかな看板の繁華街へと移り変わっていく。
あくまで下品にならない範囲でナイトライフを楽しむためのディスコやピアノバーが軒を連ねる。
「すごいですね! こんな街、初めて見ました!」
「幽霊は飲酒できませんし、ボトルキープが無いからVIP待遇が利きません。粗相がないように、今夜はカジノに行きましょう」
数多の冒険者たちを堕落させてきたカジノも、今では一部の限られたセレブだけのものになっている。
馬車は派手な黄色い看板が目印のカジノの前で停車した。
お付きの獣人に負けず劣らず強面のドアマンが入り口を固めている。
私たちが緊張した面持ちで待っている中で、カルロフは悠然とフロントへ向かった。
「デポジットはいかがされますか?」
フロントの妖艶な夢魔が尋ねると、カルロフは5億レウを即座に預けた。
中流層の年収に相当する額だ。正気なのか疑ったが、初回からVIP待遇を受けられると聞いて納得した。
「どうぞ、こちらへ」
タイトなディーラーの制服が、夢魔の魅力的なシルエットを際立たせる。
白いワイシャツから今にも零れ落ちそうな夢魔たちの巨乳に、視線が吸い込まれそうになった。
この姿であれば、男性客の平常心はあっという間に砕け散るだろう。
場合によっては女性客も。
フロントからラウンジへと通され、私たちが戦々恐々としていると、アルコールが運ばれてきた。
VIP会員へのサービスということだった。
分かってはいたものの、雰囲気に気圧され、思わず一気に飲み干してしまう。
百年も引きこもっていた吸血鬼にとっては、ランドカジノの賑やかな空気は毒だ。
「おぬしたちも遊戯に参加せよ」
「え……?」
カルロフが顎をしゃくると、獣人が私たちの前にカジノの会員カードを並べた。
「よろしいのですか」
「構わぬ。我からの奢りだ。ただし――」
カルロフから放たれる靄が一瞬、色濃い瘴気に変わった。
「我と勝負せよ」




