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吸血鬼さんのおもてなし ~ 旅と歴史とダンジョンと  作者: ミュスター観光騎士団
ディヴォウズの最高峰ヴェッスファル山とランドカジノ
28/103

28. ヴェッスファル山

 私は馬車を市内にある鉄道駅へと走らせた。


「車を用意してやったのに、駅なのか」


 カルロフはわざとらしく肩を落とした。

 しかし、目的は鉄道ではない。


 まずは市内にある交通機関を一日無料で利用できる"ディヴォウズカード"を手に入れる。

 これさえあれば、タクシー以外は乗り放題だ。


「よく知っていたな」


「観光ガイドですから」


 リーズ様にも感心してもらい、私は得意気に胸を張った。

 さて、次に目指すのはケーブルカーだ。


 山々に囲まれた谷間にあるディヴォウズでは、観光スポットは必然的に山そのものとなる。

 名峰はいくつかあるが、私は近場から攻めていくことにした。


 街の北西に位置するヴェッスファル山はディヴォウズで最も標高の高い展望台を備える。

 標高2800mから望む山々はまさに絶景である。


 階段式になったホームには真紅に染め上げられたケーブルカーが停まっている。

 私たちはケーブルカーに乗り込み、山頂を目指した。


「他の者たちは皆々、杖を手にしているが、何故(なにゆえ)か」


 カルロフは周囲のハイキング客を睥睨しながら私に尋ねた。


「山頂から歩いて山を下るんです。景色も素晴らしいですし、いい運動になりますよ」


「斯様な乗り物で登っておきながら、わざわざ歩くのか」


 カルロフは低く笑った。

 面白いからなのか、嘲っているからなのかは分からない。


 ケーブルカーの中では一際珍しい幽霊と吸血鬼のコンビを撮影しようと、観光客が近寄ってきた。

 カルロフは人間を弄ぶように、シャッターが切られるたびに自身の身体をぼやけた靄に変えた。


 途中駅でケーブルカーから、かつてダンジョンの罠として使われていた無限軌道リフトに乗り換え、さらに山頂を目指す。

 山への登頂もダンジョンのおかげで便利になったものだ。


「涼しいですね! でも気持ちいいかも!」


 外に見える岩には、まだ残雪が張り付いている部分もあった。

 夏季は半袖でも大丈夫だが、冬季は雪に覆われたスキー場に変わる。


 やがて一本の草も生えていない、剥き出しの岩肌が広がる山頂へと辿り着いた。

 開放感溢れる壮大な眺めがそこにあった。


「どうぞ、存分にご覧になってください。絶景ですよ」


「左様か」


 カルロフは一言だけ答え、ヴェッスファル山の北側に広がり続ける峰々を見渡していた。

 清々しい風が吹き、霊体を焔のように揺り動かした。


 カルロフはまるで儀式を執り行うように、掌ほどの大きさの鐘を取り出して何度か振った。

 澄んだ音色が響き渡る。


 どこかで聞いた、懐かしい音だった。

 その記憶は朧げで、私は胸騒ぎがした。


「よかろう」


 10分ほど経って、カルロフは満足したようだった。

 ケーブルカーに乗っていた時よりも、その灰色の靄は濃さを増しているように見える。


「歩いて下るのだろう。先導せよ、吸血鬼ルビー」


 幽霊が歩くことはない。

 しかし、カルロフの手には透明な、宝石で彩られた杖が握られていた。


 私たちはケーブルカーの途中駅まで戻り、中腹にある山小屋へと歩を進めた。

 そろそろ昼食時だ。


 山小屋で軽食を注文する。

 私は双頭の牛(バラモン)乳のチーズと、バジリスクのベーコンを挟んだサンドイッチを頼んだ。


 テラス席の傍らでは、双頭の牛(バラモン)が群れをなして歩いている。

 脳髄は片方の頭にしか入っていないと聞いたが、屠殺されたものしか見たことがないため確認したことはない。


 あらゆる喧騒から隔絶した、長閑(のどか)な光景だった。

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